小説 自動車電装会社 第一部

――電気周りの守護者たち――

プロローグ

 直射日光に晒されたボンネットの上では目玉焼きもつくれるような焼けつく八月、一台の国産高級車が社屋正面に乗りつけた。社屋といっても乗用車二台も入れば目いっぱいになる粗末な木造平屋建て、間口五間ばかりの小さな工場だ。

 乱暴そうに運転席のドアを閉め、五十歳前後とおぼしき男が工場の一角にある六畳間ほどの事務所に歩み寄ってきた。

 多摩川電装の社長大戸昌平は建てつけのガラス戸を開けて男と相対した。

「なんでしょうか?」

「なんでしょうかって、プレステージ自動車販売から連絡入ってるでしょ」

 居丈高な言い方だった。

 プレステージ自動車工業は小型・中型乗用車から中型バス、小型トラックまであつかう国内五本の指に入る自動車メーカーだ。男はその販売会社(ディーラー)のことをいっている。

「いいえ、なにも聞いてませんが……」

「そんなことないでしょ。エアコンが効かなくなってプレステージ自動車へ行ったら、お宅を紹介して修理するように言うから来たんだよ」

「エアコンの修理ですか?」

「そうだよ。明日から家族で旅行に出かけるのにエアコンなしでは行けないだろ、すぐに診てもらいたいんだよ」

――なんだ、こいつ。ずいぶん横柄なやつだな。

「突然そんなこと言われてもウチでは無理ですよ」

「無理? すぐにでも直してくれるってプレステージ自動車で言うから来たのに、それはないだろう」

「そんなこといわれても十日先まで予約がつまっていますんで……」

夏場は毎年のことカーエアコンの修理が殺到し超繁忙になる。

「俺、たらい回しされてんだよ、プレステージのサービス係りは人手がなくてできない、すぐそばの整備工場へ行ったら断られ、プレステージに怒鳴り込んだら、ここはやってくれるというから来たんだよ」

 男は目を吊り上げて引きつった顔を近づけた。

「やってあげたくても、できないものはできません」       

「病院だって救急病棟があるだろう。プレステージの下請けで商売してんだろ、やってもらわないと困るし、おたくも以後の取引に支障をきたすんじゃないの」

 たしかに多摩川電装の売上げの半分近くはプレステージ自動車販社(ディーラー)数社からの仕事で成り立っている。エアコンの修理、オルタネータ(ダイナモ:発電機)の修理交換など車の電気系統のメンテナンスのなんでもだ。

 大戸昌平はプレステージ自販に電話をいれた。いつも窓口になっている担当者は休みで、上司の課長が一方的に言った。

「そのお客はウチの上得意先の会社の、社長なんだよ。こんなときこそ万難を排してやってくれるのが協力会社の付き合いっていうんじゃないの」

「…………」

大戸は口惜しさが込み上げてきて奥歯をかみ締めていた。翌日の午前中までに診ておくことで車を預かることにした。あまりにも見下した態度にエアコンの症状を聴く気にもならなかった。カークーラーの時代から修理にたずさわってきた経験から不良の原因には自信があった。どうせガスの不足かあるいはガス漏れからくる不良に違いない。電気系のリレーに不具合はないかをみて応急の処置をし、ガスを充填することくらいだろう。

――運転の途中でエアコンが効かなくなっても知ったことかい。オレたち電気屋をなんだと思っているんだ。

男にもカーディーラーに対しても憤懣が全身を駆け巡った。

 翌朝工賃を請求すると、プレステージ自販に回しといてくれと言い放って男は立ち去った。たった二万円にも満たない工賃。

 旧盆の休み明け早々にプレステージ自動車販売から至急サービス工場まで来てくれといってきた。この時期は超多忙と暑さのために作業効率は落ちて深夜までの作業が続く。会社のだれもが不機嫌になるのが常だ。多摩川電装は旧盆の休みも無縁だった。

この繁忙期には仕事がつまっていて急に来いといわれても時間の都合がつかないと言うと、一週間ほど前にエアコン不良の応急処置をしたあの横柄な男がクレームで来ている、どんな処置をしたのか釈明しろという内容だった。尊大な態度に怒りを覚えながらもそんなことをいつまでも引きずっている暇もない忙しい毎日だったが、クレームといわれ呼びつけられると、あの日から翌朝までの一コマひとコマがよみがえり、憤りが胃の奥からこみ上げてきた。

 売り出し中の新車を囲むように配された商談テーブルの一角に男はいた。大戸を待ち受けている顔は怒気を孕んでいつでも気化爆発ができる沸点寸前のようだった。

 シルバーグレイのツナギ服の大戸がショールーム入口に歩み寄ると、スーツ着用のプレステージ自販の担当者が近づいて来て小声で言った。「かなり荒れてます」穏便に対応するようにと目顔で釘を刺している。大戸昌平には、なにもやましいこともなければ釈明することもない。限られた時間にやれるだけのことをしただけだ。それにくらべてこっちの都合も考えず、エアコンの修理を押し付けるプレステージ自販の責任逃れと丸投げ体質は迷惑以外の何ものでもない。

――穏便に対応しろだって? それでお客の前ではなんと言うつもりなんだよ。

「途中からエアコンが効かなくなるとは、何を直したというんだよ。旅行は台無しになってしまった、どうしてくれるよ」

 男は後ろに背を投げ出し、両足を大きく広げふてぶてしい態度を全身にみなぎらせている。前をはだけた胸には鎖状のネックレスをのぞかせている。

「冷房が効いていることを確認したんじゃないんですか?」

 プレステージ自販の営業担当が男におもねるように目線を動かしながら、大戸を咎めるように聞いてきた。

 冷房が効かない原因なんて二つか三つしかない。エアコンガス(冷媒)が不足しているか漏れている場合と、空気圧縮装置のコンプレッサーの故障しかない。

――素人みたいなことを言うんじゃないよ。当座のできる範囲の手当てをして確認しないバカがどこにいる。時間的な余裕もないままにできることといえばガス漏れのチェックがせいぜいだろうが。

「いい加減なチェックをして小手先だけで済ませるというのが、アンタたちプロのやり方かい。車を売り込むときだけは、万全のフォローをすると聞こえのいいことばかり並べながら、肝心なときは人手がない、時間がないと言い訳ばかり。電気屋も電気屋だな、プロとしてのプライドというものの欠片もないな」

――わかたようなことを言うんじゃないよ。いい加減な仕事をしたくないから、追っつけ仕事はできないと断ったんじゃないか。それが電気屋大戸昌平のプライドというもんだ。その前にアンタのその尊大な態度を直してから人にものを頼んだらどうだ。

「せめてもの親切心だ、何が何でも今日中に完璧にしてくれよな」

 男はプレステージ自販の営業に向かって威圧的に言いつけながら、はだけたピンク色のシャツの前を膨らませるようにわざとらしい仕草で扇子を使いはじめた。大戸は目の端に入った刺青の一部を見逃さなかった。

「わかりました、なんとかします」

営業担当が媚びるようにオドオドした口調で言い、大戸の顔色を窺った。

 こけおどしの刺青の男を見て、大戸昌平はかえって胆が据わった。自分を大きく見せるために精力の大半を使う滑稽さに、かえって大戸の腹が決まった。男と対面していた間、大戸は自分から何かを話すということをしなかった。口にしたのは最初の「どうも」だけで、ずっと男と営業担当の話を聞き観察しているだけだった。

「お車はお預かりしまして明日までには。また代車を準備しますので……」

 当然いまから修理対応すると決めてかかったように、営業の上司は大戸に目を向けてひとりで勝手に頷いている。

――体裁、体面、外面ばかり、それが大企業の哀れな姿だ。「お客様は神様です」を金科玉条のように思い込み、強者にはどこまでも卑屈で、出入りの業者という弱者には有無を言わせないような強要。それが大戸には我慢がならなかった。

第一部 まさ子と昌平

出会い

 車谷(くるまたに)まさ子が大戸昌平と結婚したのは昭和四十三年(一九六八)だった。二人はともにプレステージ自動車工業の多摩工場に勤務していたが、直接の面識はなかった。

 まさ子は東京都内の商業高校を卒業し、多摩工場の厚生課に配属された。社会保険や厚生年金関係の事務手続きなど変わりばえのしない同じことの繰り返しで仕事は無難に処理し七年が過ぎた。二十五歳になっていた。勤務状態は良好で突然休むというようなこともなく、上司の覚えもよく信頼も厚かった。課内では真面目で目立つことのない静かな社員というのがまさ子の社内評だ。十人いる課員も課長と主任以外は全員が女子社員である。四月の新年度になって二人の新人が加わったが二人ともまさ子と同じ高卒の女子だ。新入社員歓迎の宴席で課長の西川正春がもらした一言に女子社員全員が互いに顔を見合わせて頷き合った。

「それにしてもこれだけ適齢期の美人揃いのうちの課に、本社はどうしてピチピチの若手男子社員を寄越さないんだろうか。オジさん二人じゃ君たちも張り合いがないよな。工場の現場には百人近い男子社員が入ったというのに」

 それでも桜の季節も過ぎ、心地よい初夏にちかい陽気の中で、宴席は盛り上がりいくつかのグループで話の花が咲いていた。

 まさ子は西川課長の隣席にいた。騒がしい中、課長がまさ子にだけ聞こえる声でさりげなく話しかけてきた。

「車谷君、君はいまだれかお付き合いしている人いるかい?」

 まさ子は大袈裟にかぶりを振って「いません」と、か細く答えた。

 翌週の初日、まさ子は西川課長に昼食を一緒にしてくれないかと声を掛けられた。初めてのことで何事かと返事に困ってしまう誘いだった。

「検査二課の本田課長は知っているだろう。僕の親しい同期生だが、車谷君を昼食に誘ってくれといわれているんだよ。社員食堂だけど少し遅い時間に」

 訳がわからず怪訝な思いのままに体育館のようなだだっ広い食堂に出向くと、課長の本田(ほんだ)紘一(こういち)と部下とおぼしきがっしりした体型の男性がすでに席にいた。

 検査二課の二人と向い合せに座りながら話をしたのは同期の課長同士ばかりで、まさ子と若い男性社員は「ええ」とか「はい」とか短い返事をするだけだけで小一時間ばかりの食事はあっけなく終わった。

 二人の課長は野球の話、ことに今年の社会人都市対抗野球についての話題で盛り上がっていた。二人はプレステージ自動車野球部でのつながりなのだ。大学野球で活躍し、野球を続けたいばかりにプレステージ自動車に入社した同期生なのだ。大学卒業後十年間野球部に在籍した。本田課長は主力選手としてキャプテンまで歴任していたが、西川課長は怪我が原因ですぐに現役を引退し野球部のマネージャーを長年務め、その後は厚生課の仕事に専念して現在に至っているのだった。互いに野球への思い入れは冷めることがない。

「東京第一代表は無理かもしれないが、後楽園はいけるだろう」

後楽園とは都市対抗野球全国大会を指している。本田課長が続ける。

「うちの検査第二課にも現役が二人いるが、石にかじりついてでも出場しろと厳命している。出ると出ないとでは職場の士気も雲泥の差だからな」

「厚生課にも応援団のチアガールが一人いるよ。なあ車谷君」

「この大戸も応援部の一人だし、高校三年間野球やっていたんだよ」

 西川課長とまさ子に大戸昌平へ目を向けさせるべく、本田課長は話題を大戸に切り替えた。それに呼応するように西川課長が聞いた。

「大戸君はどこの出身だっけ?」から始まって、いくつかの質問が浴びせられたが、大戸昌平は戸惑いの表情を浮かべるだけで、代わりに本田課長が答える。そんな一風変わった会話をまさ子もかすかな微笑をみせるだけで課長二人の話に耳を傾けていた。

「それじゃ今年は厚生課全員そろって後楽園に応援に行くことにするか」

 西川課長の言葉を汐に風変わりな昼食がお開きになった。

 若い二人にもそれとはわからない奇妙なお見合いだった。もちろんお見合いという自覚など毛頭なかった。

 大戸昌平と結婚して二十年が経ったいまになっても、結婚するまでのデートを思い出すとまさ子は可笑しさがこみ上げてくる。三十歳と二十五歳の大人の男女がなんと(うぶ)だったんだろうと感心してしまう。結婚前のことを娘に聞かれてその話をしたときには「バッカじゃないの」とあきれられてしまった。

 初めてのデートは検査二課の本田課長の一方的な内線電話から、場所も日時も決まった。

「検査の本田だけど、大戸と二人だけで一度会ってやってくれないか」

 ――勤務時間中にのっけからそんなことを言われても……。まさ子は返答に困り、西川課長にチラッと目をやり、周りの好奇の目を避けるように声を落として「急にいわれても……」と答えるしかない。本田課長はどこから電話しているのか、まさか課内の人に聞こえるようなところから電話をしてはいないだろうかとドギマギした。

「この一週間、あいつ落ち着かないうえに、仕事でミスまでしているから問い質したらやっと口にしたんだよ」

 大戸昌平がどうしてももう一度会いたいけど、どうしたら会えるのか悶々としている、それをだれにも言えず虚ろな一週間だったという。これまでに女性と付き合ったことがなく、初めて会ったまさ子に一目ぼれだったと本田課長は言い、続けて大戸の胸の内を伝えてきた。

「無骨な男がそこまではっきり言う思いをわかってくれたらありがたい」

 まさ子は受話器を持った手に汗をにじませ、顔が赤らむ心の動揺を回りの人に見透かされるのを恐れた。

「まあ、大戸の気持ちを考えて、お節介をやくことにしたんだよ」

 本田課長のいかにもスポーツマンらしい飾り気のないストレートな言い回しに、まさ子は落ち着きを取戻し、自分は大戸昌平のことをどう思ったのだろうと自問した。

 女子社員だけの雑談には必ずといっていいほど将来の結婚のことが話題になる。

「次の寿退社は車谷さんね」などといわれると「そんな人いないよ」と躍起になって否定しながらも、そうなればいいなと思うこともある。本田課長からの電話で、社員食堂での一時間は、お見合いだったと改めて気づかされた。

 本田課長が整えた場所は、新宿東口の二幸(現スタジオアルタ)前だった。

 背丈もあるがっしりした体格と、くりくりした目の童顔の大戸昌平は、いかにも人待ちの様子で手持無沙汰にあたりをうかがっていた。まさ子は意識したわけではないが、清楚な印象の白地に水玉模様のワンピースで昌平の前に現れた。

 互いに初対面ではないが挨拶がぎこちない。社交性からほど遠いうえに、二人とも異性とのまともな交際経験がないのだから緊張で目も合わせられずにいた。やっとの思いとでもいうように昌平が言った。

「少し早いけど昼食でも……」

「ええ」

「どこに行けばいいだろう」

昌平が頼りなげな言い方をした。しかしそれがかえってまさ子の緊張を解き、スムースな言葉になり、まさ子が会話をリードすることになった。

「大戸さんは何を召し上がりたいですか?」

「豚骨ラーメン」

 まったくぶきっちょで色気のない返事に、まさ子は小さく噴き出してしまった。まさか若い女性との、しかも初めてのデートにラーメンとはなんと無骨で正直な人かと感心してしまった。友人にもしこの話をしたら笑いの渦を巻き起こすにちがいないと思った。

「タカノ フルーツパーラーにしませんか? 食事もできますし」

「はい」消え入るような声で、別に反対するでもなく素直に答える。

 少ない会話を紡ぐようにしてなんとか食事を進め、この後どうするつもりなのか、何もアイデアを持ち合わせていなさそうな昌平の様子を窺いながら、

「わたし、観たい映画があるんです。いま評判の『卒業』というアメリカ映画なんですけどご存じ?」

「いえ、知りません」

「映画にしましょう」

 まさ子は一方的に決めながら、この人の趣味は何なんだろうという関心が芽生えてきた。それよりもどんな三十年を、どんな家族と、どんな私生活を送ってきたのかなどまだ何も知らない。社員食堂での話から福岡の高校を卒業してプレステージ自動車工業に入社したことしかわかっていなかった。

 ダスティン ホフマンの『卒業』は乙女心をわくわくさせられるストーリーだった。

一度は別れた恋人を別の人との結婚式の会場からダスティン ホフマンが花嫁を略奪するという劇的な結末に、まさ子は感動していた。大戸昌平は何を思っただろうかと聞いてみたい、また初めてのデートで昌平のことを少しでも知りたいと思い始めていた。他を押しのけてでも、わたしを連れ出すような情熱的な人にはとうてい思えないが。

 入社から十二年、三十歳になる大戸昌平は、福岡の県立工業高校機械科を卒業していた。男三人の次男坊で就職に際しては、どうしても地元でなければという理由もなく、東京勤務の航空会社の整備部とプレステージ自動車工業の内定をもらった。迷った末に現在の会社を選んだ。航空機はあまりにも大きく、そのごく一部の整備だけで一生を終わりたくなかった。自動車ならばいろいろな部門に精通する機会があるのではないかというのがプレステージ自動車工業にした理由だった。入社以来、自動車のエンジン系、電気系、車体系などの図面を見ては自分なりに改良のアイデアを考えるのが好きだった。現在の仕事に何の不満もなく、人間的に尊敬できる本田課長とは野球という共通の話題もあり、自宅に招かれるほどの信頼関係にある。同僚とも車の進化について議論するのに時間を忘れるほどだった。休日は一人暮らしのアパートで図面を見て過ごしながら、急に思い立ってオートバイでのツーリングに出掛けるのが趣味といえば趣味だ。一人ツーリングで房総半島や湘南の海へ出かけ、砂浜で海を眺めるのがなによりのストレス解消法だ。海の風、オートバイの振動、音に癒されては仕事の鋭気を養うのが最高の休日の過ごし方だ。人と話をしなくてすむのが何よりだった。煌めく海原を眺め、砂浜に仰向けになって空想を巡らせることもある。バイクの後ろに恋人を乗せ、タンデム(二人乗り)ツーリングをしている情景だ。何時間も一緒にいながら苦手な会話も少なくツーリングを楽しむこと、そんなデートがあれば……。

『卒業』を観終わった後、二人は喫茶店で短い時間を過ごした。昌平が初めて自分から口を利いた。

「オートバイというのはどうですか? 少しくらい興味ありませんか」

 自動車メーカーの社員なのにオートバイが趣味だという昌平に、まさ子は興味を惹かれて聞いた。

「自動車じゃなくてなぜオートバイなんですか?」

「渋滞がない。見知らぬ脇道でもなんでも自由に行けるし、思わぬ光景に出会って立ち止まり、小さな発見に感動することがあるんです。それに車なんて買える金なんてないです」

 まさ子は小さな発見という言葉に惹かれた。無口で無骨な男の中にそんな繊細な感覚があることに心惹かれるものがあった。見栄をはらない正直さにも好感がもてた。 

 まさ子が次回のデートをツーリングに同行することに同意すると、昌平は京王線沿線の国道二十号沿いにある行きつけのバイク専門店へまさ子を連れて行き、まさ子用のヘルメットと手袋を購入し、暗くなる前に京王線仙川駅のまさ子の自宅まで送ってくれたのだった。

七月初めにプレステージ自動車工業野球部は都市対抗野球全国大会への出場を決めた。本田、西川の二人の課長の喜びようは半端ではなかったが、昌平たち応援部の練習も連日連夜にわたって続けられ、まさ子と昌平のデートもままならなくなった。

 まさ子たち厚生課も都市対抗野球の話で活気づいていた。チアガールの一員の間瀬美千代は「もうクタクタ」といいながら趣向を凝らした応援のアイデアを課員に自慢していた。間瀬美千代は快活で派手好みのうえに、何でも自分が思ったことをあけすけに口にする、まさ子とは正反対の性格で、まさ子より三歳年下の課員だ。そんな美千代が雑談の中で言ったことに、まさ子は心騒いだ。

「応援団の中に気になる男の人がいるの。無口で静かだけど愚痴ひとつ言わず一所懸命練習する人なの。わたしのタイプ。告白しようかなと思ってしまう。合同練習中ドキドキしてるのよ」

 どこの課の何て名前の人、と聞きたくなるのをまさ子は胸にしまい込んだ。そんな人は大戸昌平の他にもいくらでもいるはずだ、と自分に言い聞かせていた。

 都市対抗野球全国大会ではプレステージ自動車は二回戦で敗退したが、応援の盛り上がりは想像以上で、応援表彰の敢闘賞を獲得した。ベンチの屋根から連なる特設応援舞台で繰り広げられる応援は一般客をも巻き込むほどのものだった。野球部OBの西川課長が率いる厚生課の応援席は舞台の真ん前で社長や役員もいる席のそば、応援部やチアガールが入れ替わり立ち替わりする様子が一目瞭然だった。まさ子は無意識のうちに試合よりも昌平の姿ばかり追いかけていた。

 大会終了後の応援団の解散打ち上げ宴会の様子を間瀬美千代が厚生課の女子に得意げに話している中で、まさ子は心の中にさざ波が立つのを押し殺していた。

 間瀬美千代は何のためらいもなくストレートな言い方をした。

「わたしずっと気になっていた人に告白しちゃった」

 周りの女子全員が息をのんで聞いた。

「どこの部署の、なんて人?」「何歳くらいの人?」「ハンサム?」

課内女子たちの立て続けの質問だった。

 美千代はまるで相手の同意を得た交際宣言のように胸を張った。

「わたしより六コか七コ上かな、検査課のひと。名前はヒミツ」

 暑い日が続くなかにも朝夕は秋の気配が感じられるようになった九月初旬、まさ子は久しぶりに昌平のオートバイにまたがって、彼の背中に胸を寄せていた。

 国道二四六号線から静岡県御殿場を経由して富士五湖を巡り、大月にぬける大回りのツーリングに出掛けた。

富士の裾野から河口湖へ向かうころになると、ひんやりした風が心地よかった。風も強くなっていた。

両側に林が続く道路ではヘルメットを掠める風の音がときには強く、シューっという音をたてて流れた。その音は高校時代一時籍をおいた茶道部で聴いたことのある音に似ているとまさ子は思った。茶釜湯が沸騰してたてるあの音のようだ。千利休が『松風』と呼んだといわれる音とよく似ていた。両側の林は松林のようにも見えた。

 対向車も前を往く車も少なく、昌平は加速して河口湖を目指している。強く風が流れ、疾走するオートバイの音と風の音に混じって切れ切れに昌平の言葉が聞こえてきたような気がした。まさ子は耳を澄ませて風の音を聞こうと意識を集中させた。昌平は「好き」と言ったようだった。さらにスピードを上げるに合わせて、まさ子は昌平の胴に回した腕に力を込めた。そのときにまた「好き」という声が耳を掠めた。まさ子は「何か言った?」と大きな声を出したが、昌平は何も答えない。

 こんな情景をどこかで聞いた覚えがあると思った。それは昔読んだ本の一節ではなかったか。思い出そうと懸命になった。そして記憶の底からそれは鮮明に浮かび上がってきた。梶井基次郎の小説――題が思い出せない。

 少年に(そり)に誘われた少女の話だった。雪の坂道を滑り降りる、橇が速力を増す。そのとき少女の耳を掠めた少年の声だった。「俺はおまえを愛している」。たしかロシアの挿話だったと思う。空耳ではないかと思った少女は、何度も何度も橇で滑り降りることを所望する話だった。

 河口湖湖畔のレストランで昼食を摂った。

「あなた、御殿場をぬけたころ、何か言った?」

「いや何も言わないけど……、どうかしたの?」

「何も言ってなかったらいいの。気にしないで」

 まさ子はどうしても昌平に聞きたいことがあった。間瀬美千代のことだ。しかし変な聞き方をして誤解されるのもいやだ。嫉妬していると思われるのは尚更いやだった。

「お付き合いしてほしいって、うちの課の間瀬さんがあなたらしい人に言ったって聞いたわよ」

「ああ、あのチアガールやってた娘だろ。無視」

「なんかまるでお付き合いを始めたような口ぶりで、みんなに吹聴してわ」

「厚生課だと言ってたけど、関心ないから名前も知らないよ」

「あなたは彼女の好きなタイプなんだって」

「そんな話には興味もないよ、僕には君がいるから」

 なんの飾り気もない、昌平のやっと口にしたようなまさ子への思いの告白に、まさ子は急に涙があふれそうになった。

「さあ行こう、くだらない話は止めにして」

 車谷まさ子と大戸昌平は、年末の休日を期して結婚式を挙げた。

 昌平のたっての希望で仲人は本田課長、主賓の挨拶は西川課長にお願いした。まさ子の同僚として招待した間瀬美千代からは出席のハガキは届かなかった。

 結婚式披露宴の招待状を送った高校時代の親友の感想が、まさ子の一生を言い得て妙だった。

「まさ子って徹底して自動車に縁が深いのね。苗字は車谷だし、就職先は車メーカー。結婚先の新しい苗字が『AUTO』だって。笑えるよね」大戸がAUTO、考えたこともなかった。まさ子は結婚を期にプレステージ自動車工業を円満退社した。

 大戸夫婦は東京都稲城市の賃貸アパートから新生活をはじめた。南武線沿線で昌平の通勤の便もよく、まさ子の実家へも三十分もあれば簡単に行くことができた。ベランダからは多摩川の流れを望むこともできた。

 昭和四十五年(一九七〇)長男が誕生、(まさ)(ひろ)と命名した。大阪万博が開催されたことに因んで名前を付けた。世の中は活況を呈し、名神高速に続き二年前に東名高速も東京静岡間が開通した。七十年代に入ると国内の車の生産台数は三百万台をゆうに超え、カラーテレビ、カー、クーラーの3C時代と呼ばれた高度経済成長を謳歌していた。プレステージ自動車の業績も右肩上がりが続き、まさ子夫婦にとっても日に日に生活が豊かになっていくのが実感としてあった。しかし人の一生も企業もいいことばかりが続くものではない。そのことを思い知らされたのが昭和四十八年(一九七三)の第一次オイルショックが引き金となった急激な景気の減速だった。

 その年から翌年にかけてプレステージ自動車工業の業績は初めてマイナス成長となり、経営トップの交代をきっかけに経営方針の大幅な改革が断行された。営業・販売の強化が全面に打ち出され工場、本社、営業販売部門の別なく大胆な配置転換が吹き荒れた。

 検査の本田課長は東京都内ではあったが地場の販売会社のサービス部門と営業部門をみる副社長として出向した。現業部門から販社への出向などこれまで考えられないことだった。

 会社のやり方は地場資本の販売会社の猛反発を受けながらも、プレステージ自動車工業所属の中間管理職を出向させ、株式の半分以上を取りあげ経営の実権を握ろうとする強引な施策だった。出向の中間管理職にとっては、販社の中ではよそ者、販売のノルマに追いかけられる過酷な労働強化でしかなかった。それでも業績はいっこうに回復しないばかりか、販社のプロパー社員と出向者との間には意志の疎通を欠いた隙間風が吹き荒んだ。

 出向した本田正春から大戸昌平に電話がきたのは、職場が離れ離れになってから約一年過ぎた昭和五十年(一九七五)の夏だった。昌平は本田の自宅を訪問した。

 本田は心身ともに疲れ果てているようだった。あの元気の権化みたいな本田にはほど遠かった。

「こんな会社の現況ではしかたがないさ。サラリーマンの悲哀そのものだな」

 どこか虚ろな目線を遠くに向けながらビールのコップを手にしている。

「久しぶりなのに、課長、いや副社長が元気がないのは寂しいですよ」

 日頃無口な大戸さえ、そんな心配を口にした。

「心配はいらない、大丈夫だよ。それより今日きてもらったのはちょっと相談があってな。

というかおまえの意見を聴けたらいいなと思って」

 大戸は相談といわれて嬉しくもあり、そんな役に立つような考えの持ち合わせがあるのかどうか心細い気もする。

「俺は今の会社を辞めようかと思っている。……そんな大それたことではないのだ」

「…………」

何か気の利いた返答をと考えているうちに、本田がつづける。

「俺はよほど営業や販売に合っていないと思う。それが会社を辞めようという理由じゃないが、どのみち工場へ戻ったところで以前のようにやりたい放題やれる年齢じゃないしな」

「それはわたしも同じかもしれません。もう三十五ですからそろそろ違う部署に配置替えかもしれませんし」

「おまえがそんなこと言うんじゃ、よほど活気が失われているということかな?」

「会社の業績が上がらないのは販売力ということだけではなくて、わたしが思うに魅力的な新車が出てこないからではないかと」

 本田はその通りだといわんばかりにビールのコップを大戸に合わせた。

「会社はいまでも片っ端から社員を関連会社に出向させているだろう。穿った見方をすれば、体のいい人減らしさ。するとあちこちの職場で活気がなくなる。ますます業績が伸びない。負のスパイラルさ」

「負のスパイラル……ですか」

「みんなプレステージ自動車を寄らば大樹の陰と思っているかもしれないが、外からは見えない幹の中から腐っていけば一気に倒れても不思議じゃない。そこでだ、俺は見切りをつけて独立起業しようかと思って、おまえの意見を拝聴したいと来てもらったという訳だ」

「ほんとうですか?」本田を見据えるようにして大戸は聞いた。「何をやるつもりですか?」

「なあに、準備おさおさ怠りなし、しっかり情報を集め、まちがいないと確信したからの話だ。自動車の電装関係の仕事をしようと思う」

「ひと口に電装関係といっても何からやるんですか?」

 大戸の質問に鷹揚に表情を崩しながら本田は起業の構想を語り始めた。

 これからの時代自動車メーカーも高度な技術を持続開発できるメーカーだけが生き残り、弱者は淘汰される。しかし自動車そのものは一家に一台の時代が来る。何も自動車を作ることだけが能じゃない。ましてや特定のメーカーに縛られる理由もなく、どこのメーカーにも対応できる技術力があれば、どんな仕事でも自動車関連の裾野は広がるばかり、汎用性のある仕事をしたい、その仕事が電装業なのだと、本田は熱を込めて持論を展開した。

「大戸、一緒にやらないか、いやいますぐとは言ってない。俺が先行して、ごく近い将来何年後かに合流してくれたらいいんだ」

 これは相談事ではなく説得だと、大戸は会社のことから家庭のことまで思いを巡らせた。

「まず客ありき、だ。これは相当のとこまで見通しが立っている。それに商品商材だが、後付のカークーラーをやる。次に人だ。いわゆる技術者だ。技術者は販社のサービスにいる若い者が一人ついてくることになっている」

 現状の電気関係の整備や取付は、業務用の車両であれ個人の車であれ、ほとんどが自動車販売会社のサービス部門か自動車整備工場へ持ち込まれる。しかし両者には共通の弱点がある。車の電気系の保守修理が不得手なのだ。だからそのほとんどを町の電装屋さんに丸投げしている。電気系に絞った整備保守専業に徹すれば競合する会社も少なく、充分事業として成り立つというのが、本田の読みだった。

「大戸、おまえが合流するとなれば、俺にとって鬼に金棒だ。機が熟するまで一年でも二年でも待つし、一緒にやることになれば俺とおまえの持ち株比率はぴったり半々にするつもりだ」

「急なお話なので」頭の整理がつかないと言いたかったが、気の利いた言葉が見つからず沈黙した。

 本田の妻が、話が終わるのを見計らったように顔を出した。

「食事の用意ができましたよ」

「おお、わかった。今夜は飯食っていってくれ。雑談も必要だ」

本田はソファーから立ち上がりながら、大戸をダイニングへ誘った。

 プレステージ自動車の社長が交代して一年以上が経つのに業績が伸びないこと、会社の実情、夏のボーナスが雀の涙ほどしかなかった愚痴など二人は言いたい放題だった。

「うちのサービスのやつらは、会社の休日を利用して知り合いの自動車整備工場で電気関係の保守のアルバイトをしていることが発覚してな……。だけど彼らは悪びれる様子もなく居直っていたよ。こんなボーナスじゃ家のローンも払えないじゃないかと。プレステージ自動車グループの何処もかしこも荒んでいるということだよ。モラルの低下は下げ止まらない。さっさと見切りをつけようぜ」

「会社への忠誠心もなにもないということですね」

「こんな後ろ向きの話は止めにして、前向きの話をしようや」

 昌平は本田のそんな前へ前へと突き進む性格が好きだ。

「会社の名前も場所も決めてある。社名は『多摩川電装株式会社』。場所は小田急線狛江駅近くの世田谷通りに面した木造二階建てだが、間口が広くて車の出し入れにも適している。後は今の会社の九月決算を終えて、会社登記をすればスタートさ」

 本田の生気に満ちた顔は、野球に打ち込んでいた時代を彷彿とさせた。

「新会社がスタートしたら、わたしも休みの日にはちょくちょく顔出していいですか? 家からも近いことですし」

 狛江から稲城の住まいなんて目と鼻の先である。世田谷通りから多摩川に架かる多摩水道橋を挟んで対岸に渡れば川崎市の登戸、そこから稲城まではすぐだ。自宅から狛江まで得意のオートバイなら十分もあれば行ける距離だ。

 多摩川電装は軌道にのるまで半年ほど要したが、本田が退職した販社の社長は好意的に仕事を回してくれた。本田が誠心誠意尽くしてくれたお返しだといったが、販社の社長はますます厳しい経営環境の愚痴もこぼした。保身に走るプレステージ自動車はディーラー支援を打ち切り、それまでの販売奨励金をカットし経費の節減に奔走しているという。販売第一といいながらプレステージ自動車工業経営者は本体のことしか頭にないのだ。

「こんなことではプレステージ自動車も先が思いやられるなあ」

 多摩川電装に様子伺いにきた大戸昌平に、本田は寂しそうに話しかけた。だれでも自分を育ててくれた出身の会社には愛着があっての本田の嘆きだ。

「大戸、おまえも真剣に将来のことを考えたほうがいいぞ」

 いわれてみればそうかもしれないが、おいそれと決断できるものではないというのが大戸の偽らざる心境なのだった。

「休みの日にわたしに手伝えるものがあれば言ってください」

 工場は三交代の勤務が二交代になり、実質的な労働強化で従業員への負担は増していたが、大戸はできるだけのことをしようと、休みの度に多摩川電装に出向いた。

 夏に向かうころから、多摩川電装はカークーラーの修理に猫の手も借りたいほどの忙しさに悲鳴をあげていた。

「カミサンには経理事務だけ手伝ってもらうつもりでいたが、貴重な戦力になってしまっているよ」

本田と若い従業員の二人では需要に追いつかず嬉しい悲鳴をあげていると、本田は作業を続けながら言った。

 大戸昌平は工具を手にして黙って作業をはじめていた。

 昌平の性格を知り尽くしている本田は、なにもいわず昌平のなすがままにしていた。

「貴重な休みを台無しにして、アルバイト代はちゃんと払いますよ」本田の妻は言ったが、

「そんなものは要りません」昌平は顔の前で大袈裟に手をひらひらさせた。

 夏の繁忙期を過ぎると、本田の妻はデパートの商品券を用意していた。

「坊やと奥さんになにか買ってあげてね」

 電装業のなんたるかの一端を垣間見ることができたことは、後々になって大戸昌平に財産となった。

転機

 昌平は転職する決断を迷いに迷って先送りし、すでに五年の歳月が過ぎていた。

昭和五十五年(一九八〇)九月末、まさ子から勤務中の昌平に電話が架かってきた。職場に電話がくるなど結婚以来はじめてのことに、なにがあったのかと不吉な予感を感じて電話口に出た。

「なにかあったのか?」

「あなた、大変。本田さんが……」

「倒れたか?」とっさに大きな声になった。

「津久井道の鶴川近辺で事故起こして、いま向ヶ丘遊園のM医科大学病院にいるの。本田さんの奥さんが電話してきた」

「それで命に別状は?」

「それもわからない。奥さんは取り乱しているようだけど、病院から電話かけてきただけ。わたしもいまから病院へ行く」

「奥さんはどこにいると言っていた?」

「救命救急センターらしい」

「すぐ行く」

 昌平は早退届を出してオートバイでM医科大学病院へ急いだ。

 本田の妻は両手の拳を額にあてて廊下の長椅子にいた。まさ子も昌平に少し遅れて到着した。

「どうなんです? 命に別状はないんでしょう?」

 昌平は咳き込むように本田の妻を覗き込んだ。

「応急処置が終わって、いまから集中治療室に行くみたいです」

「本田さんが事故を起こすような運転するとは思えないんですが。それも昼間に」

「緩い坂道の右カーブで街路灯の鉄柱に……」

 救急の処置にあたった医師が本田の妻を呼んだ。戻ってきた本田の妻が、それまでよりもっと顔を歪めて大戸とまさ子に、言った。

「外傷は大したことはないらしいが、脳出血を起こしているらしい。運転中に意識を失くしたのではないかと。昨夜から今朝がたの主人の様子を聞かれました。眠り続けているらしいです」

 本田正春はもともと血圧が高く、朝方には頭痛薬を飲んだということだった。

 昌平は多摩川電装のことに思いを馳せた。本田の妻も会社のことが頭の片隅にあるにちがいない。多摩川電装への合流を決断するときかもしれないと、本田との曖昧だが暗黙の合意が昌平の頭をかすめた。

 どうにか走り出すことができた本田の会社ではあったが、プレステージ自動車ディーラーからもらうおこぼれの仕事だけでは社屋の賃貸料、光熱費、たった一人だが従業員の給料を賄う費用で手一杯だった。そのほかに工具の購入費、消耗品の部材代金など思いのほか経費を要した。ディーラーから依頼される仕事は、そのほとんどがクーラーの修理である。ありがたいことに変わりはないが、夏場に集中する仕事は季節に左右され、その時期を外れると、何の仕事もない日々が続く。カークーラーの修理に不可欠の装備には高価な機材も要した。フロンガス回収機、真空ポンプ、冷媒の充填状況チェックに必要な計器のゲージマニホールド、専用ホース類の最低限必要な機材だけでも百万円近い経費がかかった。すべてが米国のロビネア社製の輸入品だ。

 本田は三年の辛抱だと自分に言い聞かせ、仕事に没頭し決して悲観することはなかった。持ち前の明るさにプラス思考の性格と、野球で培った対戦相手の心理を読む冷静さなどが役に立ち、仕事を取る営業に精力を傾けた。サラリーマン時代に「俺には営業が性に合わない」とうそぶいていたことなど、どこかに置き忘れてきたきたように、時間を忘れて社業にうちこんだ。

「ダイレクトメールを出してみてはどうかしら。少し費用はかかるけど」

 預金通帳を手にしながら妻が提案した。

「どこにそんなダイレクトメールをするんだ?」

「自動車整備工場へ『カークーラーをはじめとして、電気系の修理を迅速かつご納得いただける工賃で承ります』といった趣旨のダイレクトメールよ」

「そんなことで効果があるものだろうか。整備工場だってすでに電装屋とのつきあいはもっているよ」

「わたしのところに衣類などの通信販売のカタログが送られてくるけど、買う気がなくてもついついページをめくってしまうもの、無反応ということはないと思うわ。先入観を捨てて一度やってみる価値あるんじゃない」

「文章書くのは苦手だな」

「なに言ってるのよ。受け取る側の整備工場の気持ちになって、率直に訴えればいいだけよ。それに返信用ハガキも同封しましょう」

 自動車整備工場組合のリストを入手しダイレクトメールをすると、思いのほか反応があった。カークーラーの修理のほか、ヘッドライト、テールランプの不良修理や、バッテリーの交換、エバポレーター、コンプレッサー、オルタネーターの保守点検など四、五社からの返信用ハガキが送られてきた。世田谷区内の一社は、個人タクシーを対象にしていて対応が追いつかないといってきた。昭和五十五年の春のことだった。

 昌平はその夏、忙殺される本田を見かねて、夏休みを潰してまで狛江の多摩川電装へ出向き、まさ子の不機嫌な顔に背を向け本田を手伝った。

 やっと一息ついたそんな九月末に本田は交通事故をおこした。

 ようやく軌道にのりはじめた多摩川電装には暗雲が立ち込めた。

 本田は脳卒中と診断され、死は免れ、寝たきりになることもなくて済んだが、仕事に復帰する見込みがたたなかった。右手の麻痺状態と言語障害が残ると告げられた。

 会社を存続させるか廃業するのかの断崖に立たされた本田夫婦が相談する相手は、大戸昌平しかいなかった。

 大戸昌平には思案する時間的な猶予がなかった。多摩川電装は昌平の決断一つに懸っている。昌平にとって本田夫妻は自分たち夫婦の縁結びの人であり、公私ともに心を許しあってきた同志でもある。

「力を貸してくれ」

 本田は覚束ない言葉を操って、目の力鋭く昌平に訴えた。信念をもってはじめた仕事、会社だからあきらめきれない。なんとか自分の描いた夢を実現させてくれないかと、本田は懇願した。

「その夢がある限りは、俺は死なない」思いが溢れる言葉を繰り返した。

――自分が逃げたら、本田さんは気力が失せ廃人同様になる。そんなことを、人として男としてできるわけがない。男には人生の転機を思い定めるときがあってもいい。

大戸昌平は転職をし、本田の思いに添い、同じ夢を見ようと決断した。

いまはまだディーラーや整備工場の下請けが仕事の中心だが、それに甘んじていけない。その一つの光明が、個人タクシーを直接手掛ける糸口を見出せたことにあると、本田は病身を厭わず語り続けた。同業者と同じことばかりやっていては発展がない、目の前の仕事をやりながら他人ができない専門性を身に着けることを常に考えていなければいけないとも、本田は不自由な右手を大戸に差し出して懸命に語り続けた。大戸はその手を握り返した。

本田の着眼点は確かだった。総走行距離が長いタクシーは電気系の不具合も多かった。オルタネーターやスターターの不具合で多摩川電装に持ち込まれる車も後を絶たず、人手が足りなかった。タクシーは修理を何日も待たせることができない。その間タクシーの稼働は止まってしまうだけではなく、代車を用意することも不可能な車なのだ。大戸と従業員の石川誠也の二人では、早朝から夜遅くまでの作業も余儀なくされた。

本田を引き継いだ昌平の勤務時間の長さに、事情はわかっていて理解もしていたが、まさ子は昌平の身体を考えると果たして転職を承諾したのがよかったのかどうか考えてしまう。

「大変そうね」それとなく問いかけても、「大丈夫だ」と昌平は一言答えるだけで、休みらしい休みは一日もなく働きづめだった。

 小学校六年生になった昌博と、その二年後に生まれた小百合の授業参観はおろか、昌平は運動会にも足を運ぶことができなかった。

 まさ子の説得でやっと休みをとった正月三が日のことだった。何を考えているのかわからないほど寡黙な昌平が、お屠蘇の酒の力を借りたようにして、まさ子に話しかけてきた。

「会社の近くに引っ越したいと思っているけど……」

「また突然どうしたのよ?」

 必要最低限なことしか口にしない昌平に、話を続けるように促そうと、まさ子は座りなおして姿勢を正し、正面から見据えた。

「四月から昌博が中学生になるのを期して、狛江に越したい」

昌平はつぶやくようにして続けた。さらに、

「おまえに会社を手伝ってほしいんだ。そのためにも引っ越しを……」

 中古だがマンションも探し、目星をつけてあるという。賃貸ではなく、そのマンションを買いたいと視線を逸らすことなく力強い言い方をした。

 ローンとはいえ念願だった自分の家が持てる。まさ子は嬉しさが全身に広がるのを顔には出さず、話題をはぐらかすようにして口を開いた。

「子どもたち二人の考えも聞いてみたいわ」

 そんなことは聞く必要もないだろう、子どもは親についていくしかないのだからと昌平は思ったが、黙って聞いていた。

 まさ子は自宅の購入など想像もしていなかったことなので、正月早々嬉しい提案だと内心ほくそ笑んだ。仕事のことはいずれ昌平が言い出すに違いないと予想はしていた。本田の妻が否応なく仕事にタッチし、いつの間にか重要な働き手に組み込まれているのを見ていたからだ。

 仕事が多忙をきわめている上に、引っ越しという大仕事に昌平の姿はなかった。まさ子と子ども二人で稲城市から狛江市へ引っ越しをすませた。昌博の小学校卒業式も中学校の入学式にも昌平が行けなかったのはいうまでもない。

 どんなことを手伝えばいいのか、昌平は何も詳しい説明はしない。いつものことだ。

 商業高校を卒業しているまさ子に昌平がやってほしいことは何なのか、まさ子は弁えているつもりだ、言わずもがなのことだ。会社の経理と事務処理すべてだと心得ていた。小さな会社の経理や電話対応、普通の事務など慣れてしまえば難しいことなどなにもないと、まさ子は高をくくっていた。しかし実際にやってみるとわからないことばかりだった。なにしろ自動車のエンジン、電気に関する用語、工具の名前に用途、必要部材のことなど何一つわからなかった。コードプライヤー? 電動インパクトレンチ? ラチェット? ドリルセット? ワッシャー? グロメット? コルゲートチューブ? どれ一つとっても知らないものばかりだった。

「部品屋さんに注文いれといてくれ」といわれても、サイズや色、材質など注文先から聞き返されても答えることができない。何の役にもたたないままで三か月は過ぎていった。

 まさ子は自分は滅多なことでは怒らない穏やかな性格だと思っていたが、癇癪を起こし、家に帰ってからも昌平に当たり散らしている自分にハッとなったことは数知れなかった。

「おれたちが入社したプレステージ自動車で、丹精込めてつくった車は、なぜ走れるんだ?」

 昌平はまさ子にわかりやすく説明するために、勤務していた昔を思い浮かべるような言い方でやさしく質問した。

「そんな単純なこと、わたしだってわかっているわよ。ガソリンを燃やしたエネルギーがあるからよ」

「その通りだけど、それじゃガソリンを点火するには何が必要?」

「電気でしょ。そのためにバッテリーがあるのよ」

「ヘッドライトやテールランプ、カーラジオやクーラーはどうするんだい?」

「バッテリーから電気を取るのよ」

「大元はそうかもしれないけど、半分正解で半分は不正解だな」

「…………?」

「自動車が正常に快適に走るには、大きく分けて二つある。人間の体でいえば食料にあたる燃料を基にした血液と、もう一方が体中に巡らされている神経に相当するすべての電気かな。この二つが相俟って自動車は走れるわけさ」

「電気関係は全部バッテリーに直接つながっていると思っていたわ」

「バッテリーは電池だから使いっぱなしにすれば電気はすぐ無くなり切れるよ。乾電池と同じさ。電装の仕事は使用する側の電気機器関係のものと、供給する側の電気に関わるすべてを扱うのが電装屋さんの仕事というわけよ」

「わかり易い説明ね。ガソリンスタンドを知らない人はいないけど、バッテリー屋さんと自動車の電気屋さんのことは気が付かない人は多いと思うわ」

「本田さんの病気は脳血管の障害で、自動車でいえばさしずめ燃料の質の劣化とそれを送る管に支障を来たしているうえに、その影響で車を制御する神経に相当するハーネス、ケーブルにも不具合が生じているということなのかな」

まさ子に任された仕事は、子どもの世話や家事一切の合間を縫って手伝うだけといった軽い考えでできるものではなかった。昌平と社員の石川が多忙になれば、それだけまさ子の業務量も比例し、子どもを学校に送り出し家事を手早く済ませると会社へ駆けつけ、夕方まで目いっぱいの事務仕事が待っていた。

 帳簿の記載、昌平と石川のスケジュール調整、部材の調達、月末ともなれば請求書納品書の発送があり、支払手続きのためには銀行へも足を運ぶ時間が必要だった。その間には電話の対応と多忙を極めた。請求書一枚書くだけでも簡単ではない。昌平も石川も請求書を書く項目を口頭や分かりにくいメモを書いてよこすだけだ。しかも専門的な部位の名前やアルファベットのイニシャルだけで伝えようとする。それを全部理解するのは困難なことだ。sm修理と書かれ、それがセルモーターのことだといわれても、どだいセルモーターがどんなものなのか解かっていない人間には無理というものだ。まさ子のイライラはそのたびに頂点に達した。

 どうにか事務作業の一通りをこなせるようになり、七月の声を聞くとまさ子の役目は事務的な処理だけではすまなくなった。夏場に持ち込まれる車のクーラー修理に欠かせないフィルターの洗浄がまさ子に割り当てられた。年数が経った車のフィルターはひどい汚れ方だ。一日に入庫する車は一台や二台ではなく次々に入ってくる。持ち込まれる車はまだ良しとしなければならない。ディーラーや整備工場に出向いての作業に二人の手が取られることも度々だった。残されたまさ子には、そんなときは客対応も重要な役目になった。昌平たちのスケジュールと、客の要望と不具合の状態を聞き出し書き留めておくだけでもわからないことが多すぎて、まさ子は、心細く泣きそうな思いで気持ちが切れそうになる。

 一人残された作業台で、手は油に汚れ、生温かい扇風機では全身汗だらけになった。長時間の立ち仕事になってもだれも手伝ってはくれない。孤独な作業に耐えなくてはならなかった。夏の間は日曜日の休みもなく続き、そんな毎日がいつ終わるのかだれにもわからなかった。会社は儲かっているのかどうかの数字を見る時間もなかった。

 こんな状態が本田さんの病気を誘発したにちがいないと思うと、いかに健康そうにしている夫でも身体のことを案じないわけにはいかなかった。

 せっかくの夏休みというのに、子どもたちを短い旅行に連れていくこともできない。毎夏同じことが続くかと思うと、申し訳なさと、子どもたちが毎日どんなことをしているのか不安が募り、不平不満を口にしない子どもが不憫でならなかった。

取り込み詐欺

 多摩川電装を昌平が引き継いでから、瞬く間に五年の月日が経っていた。まさ子には実感としては一年か二年ほどにしか思えない早さだった。いま会社は昌平を含めて五人の技術者を擁している。

 まさ子の仕事も事務仕事は片手間で、いまではカークーラーの主要部分やオルタネーター(バッテリーへの充電機能部分)のオーバーホールを任されている、いっぱしの技術者だった。数年に一度の車検ではわからないオルタネーターのメンテナンス、オーバーホールでは、まさ子は社員のだれにも負けたくないとさえ思うようになっていた。

 ドライバーからその車の電気系がどんな状態かを聞けば、どこを診てどんなことをしなければならないかの予測がつくほどだった。不良な部分がオルタネーターではないかと目星をつけると、不具合の箇所を分解し終わらないうちに見抜くことができるほどになっていた。

 従業員たちがまさ子のことを、おどけて言うときは「ダイナモ妃」と密かに命名して喜んでいるのを、まさ子は知っている。またときに応じて呼び名を変えていることも知っていた。

 平素は「ダイナモおばさん」と呼び習わし、罵るように言うときは「ダイナモばばあ」である。

 正確には同じものではないがオルタネーターの別名をダイナモともいい、折しも英国の皇太子夫妻が来日し、夫人のダイアナ妃が日本中を熱狂させた年だったからだ。

「ダイナモ妃が車を持ち込んだドライバーに症状を訊いているのを耳にしたことある?」

 社員たちが雑談の中で囁き合っている。

「いや、取り外したオルタネーターを分解しているのはよく見てるけど」

「ドライバーに次から次へと質問しているんですよ。『バッテリーの警告灯が点くんですよね』とか、『ちょっとエンジンかけてみてください』とか」

 まさ子はボンネットを開け、異音を聞き分け、それだけでどこに異常があるのか判別できるまでになっていた。

「女だけど大したもんだよ」

 社員たちが小声で話しているのを、まさ子は含み笑いをして聞き流した。

 多摩川電装はカークーラーの修理だけではなく、クーラーの販売と取付業務が一体となり業績を伸ばしていた。

昭和六十二年(一九八七)には、カークーラーメーカーの特約代理店となった。得意先も従来のカーディーラー、整備工場に加えて中古車販売のチェーン店数店からの仕事が入るようになった。のちにその時代はバブルの時代と呼ばれた。国内の乗用車生産台数は八百万台に達していた。日産自動車が発売した高級車「シーマ」が爆発的に売れ、シーマ現象という言葉まで生まれていた。それが異常なことだとだれも思わなかったような時代だった。

 多摩川電装の売り上げも収益も増大し、まさ子は笑いが止まらないほどだったが、昌平に業績の推移を数字を並べて説明しようとしても、嬉しいのかどうかもわからない反応で、

「おまえがお金のことはみんなやればいいよ」というだけで、まるで関心がない。

 税理士が作った決算書を広げて、まさ子は説明したが、営業利益が何なのか、経常利益さらには最終利益がどんなものなのかを言っても、「おまえがやればいいよ」というだけだった。

 このまま来期も同じような数字が見込めるのなら、なんとか節税のことを考えてもよさそうなものをと思うと、まさ子は昌平の無知さかげんにあきれてしまった。

 数字が右肩上がりで伸びていった要因をまさ子はしっかり把握していた。それを見据えてまさ子は、自分の役目だった修理品のオーバーホールの仕事を極力減らして時間を作った。オルタネーターなどの修理の半分は、リビルト(再生)品・リペア品を仕入れ不良品と交換する方がどれだけ効率的かがわかったからだ。

 まさ子は余裕ができた時間に販売企画を考え、その内容をどうやって得意先企業や車のオーナーに知ってもらうかに頭と時間を使った。夏場の四、五か月に集中するクーラーの仕事を、どうしたら分散させることができるだろうか。そして思いついたアイデアを昌平に言ってみた。

「おとうさん、クーラーの売り上げに役に立つ方法を考えたんだけど」

 昌平は「ふーん」というだけで、関心があるのかないのかさえはっきりしない。

――この人は根っからの技術屋さんで、経営には向いていない。

 まさ子は歯がゆい思いを押し殺して提案し、自分の考えを押し通した。

「真冬のある時季だけ期間限定で、クーラーの取付工賃を思い切って半額にします」

 まさ子のアイデアは当たり、業績向上に大いに貢献した。

「まさ子、おまえが企画宣伝部長兼社長をやったほうがいいぞ」

 昌平は本気か冗談かわからない言い方で、めずらしくまさ子を褒めた。

 年度決算の見通しがたった昭和最後の年となった一九八九年一月に社員一名を採用したが、それでもまだ人手不足だった。

 娘の小百合が高校三年になる春休みの一日、まさ子は娘と新宿でショッピングを楽しんだ。はじめてのことに小百合は大はしゃぎだった。

「わたし、渋カジファッションの服や靴がほしいの。買っていいでしょう」

 二人は新宿の全部のデパートを巡り歩いて一日を過ごした。

 小百合は念願だった茶色のローファーと革ジャンを手にしてご機嫌だった。

「お腹すいたわね。小百合何食べる?」

「豚骨ラーメン」

「バカ」

「じゃあタカノ フルーツパーラーにしよう」

「親をからかわないの」

 自分よりも背丈が伸び、軽口をたたきながら跳ねるように前を行く小百合を眺めながら、まさ子は二十年近い時間にしみじみとした感慨を味わっていた。

 向かい合ったテーブルに手を差し出して小百合が言った。

「おかあさん、手を貸して」

「どうしたのよ?」

「いいから手を出して」

 小百合はまさ子の両手の甲を上に向けて、好奇心いっぱいに言った。

「これ、どうしたのよ。おかあさんのマニキュアなんて記憶にもないわ」

 悪戯を咎められた小学生のように肩をすぼめて、まさ子は言い訳がましく

「久しぶりの新宿だから、ちょっとオシャレしたかったの。昨日駅前の化粧品屋さんで買って、美容院へも行ってきた。そこでマニキュアも塗ってくれたのよ。新宿の街中で、あのお母さんらしい人の手汚いわね、って思われたら、小百合が可哀そうでしょう」

 まだ小学生だった小百合が言ったことが、まさ子の記憶から消えることはなかった。

「おかあさん、○○ちゃんのお母さんの手ってすごいきれいだった。赤ちゃんの薄いピンクの指がそのまま伸びて大人になったような……」

 まさ子にとって小百合のその一言が、どれほど残酷なもので涙ぐむほどのショックだったか。土も触ったことがないような専業主婦のお母さんの手に見入ってしまった小百合の気持ちもよくわかった。

 なりふり構わず機材のオーバーホールに打ち込んだ手は、どんなに手入れをしても、皮膚にしみ込んだ機械油はどうにもならない。荒れた自分の手を見れば、独身時代やその後の数年間からは想像もつかない、まぎれもない電装屋のおかみさんなのだ。高校時代の親友に「何をする会社だっけ? まさ子は何をやってるの?」と聞かれ、口で説明しても理解してもらえないほど地味な業界で、しかも部品を相手に格闘していれば、男の手のようになっても仕方ない。それでもやっぱり心のどこかで荒れた手に、引け目を感じる自分がいることを意識せずにはいられない。それでも不似合を承知でマニキュアをしてみたかった。

 今日一日小百合と一緒してよかったと、まさ子は心から嬉しかった。男性には理解してもらえない繊細な女心を小百合がわかっている、だからマニキュアに目を止めてくれたのだ。  

まさ子は初めて自分の理解者を得たようで、それが何より嬉しかった。これからは小百合と女の微妙な気持ちを共有し相談も話もできる。小百合に力をもらった、これからもっともっと会社を発展させていかなくては、と肝に銘じていた。

 本田正春が亡くなった。多摩川電装㈱を大戸昌平に引き継いだとはいえ、本田は陰に陽に昌平を支え、昌平もまた本田に監査役という名目で少ないとはいえ報酬を払い続けていた。決算書類に監査役の印鑑を貰いに行くのはまさ子の役目だった。

 本田はまさ子の愚痴も聞いてくれた。

「大戸はどうしてあんなに会計のことに無知無関心なんでしょうね?」

「大戸君は全部わかっているよ。俺と話をすると、すらすらと数字を口にするだけではなく、将来的な予測まで語ってくれる。無関心にみえるのは、いまだもって俺のことを創業者社長として遇しているからだ。いくら俺のことを気にせず、好きなようにやってくれと言っても『本田さんが生きている間は本田さんが社長です』と言って頑固なんだよ」

 まさ子は昌平がそこまで義理堅く、律儀な男とは思わなかったが、その生真面目さが会社を危機に追い込むことになるとは、まさ子も昌平も想像だにしなかった。

「プレステージ自動車のときの、西川紘一から電話がきて大戸君にどうしても会いたいそうだ」

 本田が亡くなるひと月ばかり前に、多摩川電装に電話がきた。

 西川は神奈川の湘南地区で中古車販売の商売を手広くやっているということだった。西川は昌平夫婦の結婚のきっかけをつくった、本田の親友である。電話を受けたのはまさ子だった。

「西川ですが、車谷君か? 本田に聞いたけど会社はずいぶん繁盛しているようだね」

 まさ子には、西川課長によくしてもらったという良い印象しかない。懐かしさがこみ上げてくるようだった。雑談のなかでまさ子は「えっ、本当ですか?」と大きな声を出してしまった。西川はプレステージ自動車を退社したあと、本田と同じように系列のディーラーへ出向したことまではまさ子は知っていた。そのあとは疎遠になり久しぶりに西川の声を聞いたのだった。驚いたのは西川が離婚し、まさ子の後輩でチアガールをやっていた間瀬美千代と再婚しているということだった。

「いろいろあってね」西川は笑いにまぎらわせて、くわしいことは話してくれなかった。

 最初の電話がきてから、間が空いて二回目の電話がきたのは、本田正春が亡くなった二か月後のことだった。本田の葬式には当然列席しているものと思っていたが、通夜でも葬式会場でも見かけなかったことに、昌平もまさ子も首を傾げたのだった。

 西川紘一の用件は後付けのカーエアコンを安く手にいれられないか、ということだった。

 多摩川電装がカークーラーメーカーの特約代理店になっていることも、西川は知ったうえでの依頼だった。

 時代はカークーラーからカーエアコンに切り替わる時期のことだ。確かに多摩川電装としてはカークーラーの販売と取付でかなりの恩恵を享受し、引き続いてカークーラーからカーエアコンへバージョンアップしていくことにより、売上も対前年をはるかに越え始めていた。

 西川からのオーダーは当面五台のカーエアコンだった。安く入れてくれたら継続して注文を出す、とにかく社員に現金を持たせ、現物は引き取りに来社する、期日までに商品を揃えておいてくれれば手数を煩わせることはないという有難い現金決済の注文だった。

 さらに日にちを置かず十台のクーラーの追加注文がきた。冬場に差しかかっている季節外れのクーラーの注文に、さらに一割の値引きをして販売してた。

 品物を引き取りにきた若い男に、まさ子は様子を伺うように愛想よく言った。

「西川さん、忙しそうですね。一度うちへいらっしゃるようにお伝えください」

「伝えます、でも当分来れないと思いますよ。中古車の査定買取、オークションと走り回っていますから」

「商売繁盛でなによりですわ。車谷が是非お目にかかりたいと言っていたと、お伝えください」

 人の心を掴むことに長けている西川ならば、商いが順調なのもさもありなんと、まさ子は合点し、多摩川電装との取引も拡大するにちがいないと勝手に納得した。

 あと数日で十二月、師走に入ろうかという頃に、総額一千五百万にもなろうかという大型注文の電話が入った。

「年末年始にかけてエアコンの受注が殺到している。なんとかしてくれ」

 西川があわただしく電話をしてきた。

「いつもありがとうございます。こんなにたくさんの注文を」

「いやいや、いまからだよ。ところでひとつお願いがあるんだけど……。これだけの現金を年の瀬に持ち歩くのも危なくてしょうがない。こんどだけ、わるいけど十二月末の銀行振り込みにさせてもらえないか」

「ちょっと即答し兼ねますけど、大戸に相談してみます。たぶん大丈夫だとは思いますが」

 まさ子が、入荷できる日を確認できたら、連絡するというというと十日もあれば大丈夫ではと一方的にいい、電話を切った。

 入荷を確認する電話がきて、いつもの若者が品物を受け取りに来社し、月末の銀行振り込み日と口座名が入っている請求書と納品書を渡した。

 業務終了した十二月二十八日は金曜日だった。午後二時半に、まさ子は預金通帳記帳のために銀行へ出向いた。窓口の長椅子に掛けて記載された入金記録を目で追っていたまさ子は、「あれ、入っていない」と、外に漏れない声を出した。しかしどうしたんだろうと、ほんの少し不審が頭をかすめただけだった。

――もう一度確かめよう。

 まさ子は閉店間際のカウンターに歩み寄って女子行員に問いかけた。

「この時間になって入金確認できないということってあります?」

「入金がないんだと思いますが、どうされました?」

「予定していた入金が確認できなかったので」

「三時ちょうどにもう一度記帳してみますが、少しお待ちください」

 行員の丁寧な対応にまさ子はホッとしたが、結局西川からの入金はなかった。

「大晦日ではないでしょうか。念のため三十一日にもう一度ご来店されたら入っているのではないでしょうか。最後の日は混み合いますから、二時過ぎにいらっしゃったほうがよろしいかと思います」

昌平とまさ子はこれまでに経験したことのない、鬱勃とした正月三が日を過ごすはめになった。

 大晦日の銀行閉店時間を過ぎても西川からの入金はなかった。会社に何度電話をいれても応答しない呼び出し音が続くだけだった。

 大学生の昌博は元旦から友人と遊びにでかけ、夜になっても帰宅する気配もない。小百合は年末早々から福岡の昌平の実家へいそいそとでかけていった。同い年で仲のいい従妹と遊び呆けているにちがいない。

 夫婦二人っきりの居間に炬燵を間にしてただゴロゴロして三が日をやり過ごした。例年ならば仙川のまさ子の実家へ両親の顔を見に行くのだが、落ち込んでいる顔を親の目に晒すのが耐えられない。騒がしいだけのテレビのスイッチをいれる気にもなれず、届いた年賀状さえ炬燵の上に見捨てられたように束ねられていた。とにかく未収金のことが二人の脳裏から消えることはない。食欲もなく、昌平はひとくち口をつけただけの酒も、熱燗が冷えたままの徳利に手を伸ばそうともしなかった。

 夫婦が考えていることは口にせずともわかりきっていた。一刻も早く西川に連絡することしか頭にないからだ。互いに話しかけても、虚しさと歯がゆさが二人の間を行き来するだけだ。一日も早く仕事が始まってくれることが、何よりの気晴らしであり、西川へ向かって行動を起こすことが第一の仕事だ。

 手足をもがれて身動できず、日に日に膨らむ不安に耐えられず、タブーの言葉がまさ子の口をついて出た。それは西川のことなのか、多摩川電装を指しているのか曖昧な一言だった。

「破産……」

 耐えに耐えている昌平も、力なく反応した。

「それはうちの会社のことか」

「両方。一蓮托生よ……。西川さんのところが破産したとすれば、未収金の回収ができないうちが苦境に陥るのは道理でしょう」

 ――手を拱いて、ただじっとしていていいのだろうか。

 考えに考えた末、昌平は西川の自宅、連絡先をつきとめなければと思い、プレステージ自動車時代の社員の住所録を引っ張り出して、知り合いに電話をかけたが、無駄骨に終わった。時間が経ちすぎていた。せめて本田正春が生きていたら……。

 まさ子はふと思いついて、昔の厚生課の知り合いに、そして間瀬美千代の実家に電話をしたらどうかと思った。間瀬美千代の実家にはつながらなかった。それでも二人のかつての同僚を手繰り寄せることができた。そこから共通してわかったことは、西川紘一と間瀬美千代は駆け落ちして一緒になったことだけで、連絡先はだれも知らなかった。

 休み明けに全員が出社したのは、一月七日月曜日だった。

 始業早々に古株社員の石川が大戸に近づき、タブロイド判の新聞を読むように促した。

新聞を手にした大戸の顔色が青ざめていくのをまさ子は見逃さなかった。読み終わるのを待って石川が語りかけた。石川は年末からの大戸とまさ子の落ち着きのなさから事情を把握していたのだ。

 新聞記事は概略つぎのような内容が記載されていた。

――昨年の夏あたりから、関東一円で中古車販売会社を名乗って、最近世に出回り人気になっているカーナビゲーションや後付け用のカークーラーやカーエアコンを中小の電装専門店から数台を現金で買い求め、その後大量な数量を注文、支払をひと月後の銀行振り込みで納得させ、所在地を眩ませる、いわゆる取り込み詐欺事件が頻発している。警察も充分な注意を呼び掛けている、という内容だった。

年明けからそれほどたて込んだ仕事もなく、石川の助けも借りて未収金回収をどうするかの三人の鳩首相談となった。

まさ子は銀行窓口へ何度も足を運びながらも、入金の確認ができず徒労に終わった。年末の通帳記載となんの変わりもなかった。閉店後の銀行社内での最終的な帳尻合わせは四時半頃になる、また明日来てくれといわれてむなしく帰社するよりほかはなかった。

石川は所轄の調布警察署生活安全課へ相談に出向いたが、取り込み詐欺ではないかという憶測では事件にならず、警察が動く理由が見当たらない。取引がはじまって初回は現金での入金があることから、単なる入金の遅れとみなされ、警察が介入する事案ではないという当たり前の見解をきかされただけだった。

昌平は税理士の知り合いの弁護士を訪ねた。弁護士のアドバイスはどれも貴重なものだった。西川の会社の実態は所在地に行って確認しているのか。商業登記簿は全部事項証明書や履歴事項および現在事項証明書など見たのか。実態があるのならば、内容証明郵便は出したのか。取引時の納品書、領収書や請求書の控えは? 先方からの受取書などみんな揃っているのかなど、弁護士の質問は微に入り細に入るものだった。

昌平は西川個人も西川の会社のことのなにも確認しないままで、取引をした迂闊さを思い知らされただけだった。

弁護士事務所を辞して、その足で湘南のH市にあるという西川の会社に向かい、会社の所在地で昌平が目にしたものは、古ぼけた木造のアパートだった。鍵がかかっておりいくらノックしても応答がない。不動産屋へ行ったが賃貸契約を解約したわけではないので不在の理由はわからない、ましてや勝手に中に入ることもできないと、つれない返事しか返ってこなかった。

昌平が帰社したのは七時を回っていたが、まさ子と石川は、まんじりともせずに昌平を待っていた。三人の情報を持ち寄ってみても何一つ希望の糸口を見いだせるものはなかった。三人の口からは愚痴もこぼれないほどに黙り込むだけだった。

まさ子は信頼していたかつての上司の所業よりも、人間はこうも豹変できるものなのか、お金に翻弄され、窮地に陥った人間はいとも簡単に悪人になれるのだと、他人事のようにぼんやりとして窓の外に目をむけた。雪混じりのみぞれがガラスを叩きはじめていた。

 詐欺に遭ったのはもう疑いようもなく、まさ子と昌平には、思い起こすたびに悔恨と自責の念だけが、ドブ川の泥土のように堆積していくだけだった。何の手立てもできないままに、もがき苦しんだ一年は、これまでに感じたことのない長い時間だった。

 会社の将来に見切りをつけたように石川誠也が退職していった。十年以上もともに働いてくれた石川には、わずかとはいえ退職金を用意した。多摩川電装には石川を引き留める力もなかった。

「ソニック電機工業の子会社で働くことになりました。今日が最後のご奉公です。お世話になりました」

 申し訳なさそうに告げる石川に、まさ子と昌平は、「それはよかった。頑張って」と空元気の明るい声で励ますしかなかった。

 家電大手のソニック電機がカーエレクトロニクス部門を分社化したソニックエレクトロン株式会社の、技術センターへの転職だった。

「最後にこんな話題を持ち出すのも気が引けますが……、社長は聞きたくもないと思われるでしょうけれど」

 神奈川県の地方新聞の三面に、西川紘一と間瀬美千代、元社員の三人が詐欺容疑で逮捕されたという記事を、石川は知り合いから聞いたという。

 これは多摩川電装にとって、抱いていた一縷の希望が消滅したことを意味した。未回収の金がビタ一文返ってこない、万事休すの宣告だった。弁護士を通じてわかったことは、西川と間瀬は既に自己破産していた。

 何がどこで西川の平凡なはずの人生で、彼に階段を踏み外させたのかと、昌平は西川に対する怒りと恨みとは無縁な思いに捉われていた。妙に冷めた思いで、なぜ、なぜ? と自分に問いかけていた。

 あの大企業から関連会社への出向、退職、起業、倒産という作り話のような変遷の根本的な元凶は何だったのだろうと突き詰めて思いを巡らせていた。西川と同じような道を歩まざれるを得なかった元同僚の幾人かと重ね合わせると、彼らに共通したものが見えてきたような気がする。

 西川も本田と同じくプレステージ自動車系列の車ディーラーへ出向し、営業責任者となり販売のノウハウを学んだ。それを契機に一念発起し、始めた会社は中古車販売だった。滑り出しは順調だったが、扱い台数が増えるに従い、事業運転資金の捻出のためには、次第に借入金の増大につながっていく。その結果、余裕のない商売は荒っぽい販売を推し進めることになる。大企業に守られていた上での販売の手法やノウハウは通用しないことに気付かず、骨の髄まで大企業の感覚に侵されている商売で、きめ細かな対応に欠けるやり方では次第に客離れが潜行していくのも当然であった。その挙句、購入した顧客から持ち込まれるクレームも多くなった。人気車種を欲しがる消費者に媚びて、売ることばかりに比重を掛け、整備らしい整備もせずに販売した車の不良を指摘されると、その責任のすべてを整備を依頼した工場に押し付けるなどしているうちに、整備工場や電装会社からも見放され、大企業病に侵されてしまっていることに気がつくこともなかった。結果倒産の憂き目をみることになり、取り込み詐欺という悪事に手を染め、転落人生をどうにも止めることができなかった。

 昌平から見れば本田と西川の違いがよくわかる。本田は絶対に先を急がなかった。「三年は我慢する。それでダメならきれいさっぱり廃業する」というのが口ぐせだった。冬を迎える前に、世田谷通りの並木の枝が切り落とされるのを見ながら、本田は昌平に言うともなく自分に言い聞かせるようにして剪定作業を見守っていたものだ。

「春になればどの木も自分の力で小さな芽を出し、夏になると力強い青葉を広げる。俺は昔の大学野球やノンプロ時代に浴びた脚光や、プレステージ自動車のことは忘れて、自分ができる小さなことからコツコツとやっていくよ」

 西川紘一と間瀬美千代が懇意になり、駆け落ちまで突き進むきっかけは、まさ子と昌平の結婚だった。

 間瀬美千代がまさ子たちの結婚披露宴に来なかった理由を、西川が美千代に訊ねたことがはじまりだった。美千代が大戸昌平に想いを打ち明けながら、昌平に無視され、想像もしていなかったまさ子と昌平が一緒になったことに、美千代は女の自尊心を傷つけられ、くやしさが顔に張り付いていた。

 美千代はまさ子のことが好きではなかった。まさ子は猫をかぶって清楚な女を演じるカマトトだと言いふらしていたのに、昌平はまさ子を伴侶に選んだと、勝手に二人に恨みの感情さえ抱いていた。そのことを美千代は西川に告げ、西川はまた美千代に同情し、その後何かと美千代の相談相手になっているうちに、付き合うようになっていた。

 同じころの西川もまた夫婦仲が疎遠で、満たされない家庭生活を送っていたうえに、会社から系列ディーラーへの出向を命じられた。

仕事に身が入らず空疎な日々を埋め合わせるのに西川と美千代はデートを重ね、いつの間にか十七歳という歳の差を超えて深い関係になっていた。西川は美千代の若い肉体に溺れ、体の相性は最高だと美千代との性の交わりにがんじがらめにされていた。

美千代もまた好みの体格のがっしりしたスポーツマンタイプの西川と離れることなど考えられないほどに夢中になっていった。

離婚した西川は駆け落ちした間瀬美千代の戸籍に籍を入れ、間瀬紘一となり、会社の登記簿では代表取締役間瀬紘一となっていた。

しかし資金も枯渇し、担保にする資産もなく金融機関の融資も受けられなくなった二人が考えたのは、プレステージ自動車時代の友人や知り合いを頼ることであり、そのターゲットの一つが多摩川電装だった。もちろん最初から取り込み詐欺を画策したわけではなかったが、中古車販売からは手を引き、後付けのエアコンやカーナビを販売し、会社を立て直す計画を立てた。電装品のメーカーから直接商品を仕入れるには、それ相当の保証金を要求されるが、そんな金はない。信用だけで商品を手に入れるには旧知に話を持ちかけるしかなかった。

親しかった本田に頼むことでは、間瀬紘一の名前ではなく旧姓の西川名で連絡することを思いついたのは美千代だった。謄本を見られ、履歴事項や現在事項証明書を見られることを避けるために会社名も架空の社名を考えたのも美千代だった。

美千代は取り込み詐欺も致し方ないと考えていた節がある。しかし旧知の本田や大戸ならば、万が一詐欺を疑っても刑事告訴することはないと悪知恵を働かせて、多摩川電装に目星をつけた。しかし別の友人が警察に告訴の手続きを取り、二人は逮捕された。

カーナビゲーション

 一人息子の昌博が大学卒業時には自動車メーカーや自動車電装品メーカーなどへ就職し、ゆくゆくは会社を継げないものかと、昌平夫婦は淡い期待を抱いていた。しかし思い通りにはならないものだ。説得することもなくあっさりと引き下がった。あれからもう二年が経つ。

 昌博は都内の鉄道会社に入社した。工科大学の電子工学科を卒業して鉄道会社というのは、どんな関係があるのか、まさ子には皆目わからない。

 電車の運行には駅もあれば踏切もある。前と後ろの電車には一定の車間距離がなくてはならない。そこには信号があり通信設備があり、みんな電気系の大掛かりなシステムが構築されて運行されている。電子工学を学んだ者の需要は多いというのだった。

 まさ子は丁寧に説明してくれる昌博を頼もしくもあり、自分とは別世界にいる寂しさも味わされていた。

 両親のこれまでの苦労を横目に、昌博と小百合は兄妹仲がよく、若者の特権を謳歌して、昌博が購入した車で休日になるとまるで恋人同士のように二人でドライブを楽しんでいる。ELLE(エル)というフランス語で「彼女」を意味する一三〇〇CC、2ドア、スポーツタイプの車だ。

まさ子は取り込み詐欺に遭った時期ほど苦しい思いをしたことはない。二人の子どもが同時に大学へいくというのがどれほど経済的に大変だったか。二度とそんな思いをしたくない。昌平の腹が据わっていたからこそ、苦難を乗り越えることができたと、いまになってまさ子は昌平を見直しているのだった。

 昌平は土日の休みなく、率先垂範で社員の先頭に立って働いた。

「電装会社の財産というのは、土地や建物でも物でもない。技術だ。技術は人だ」

 石川が退社したあとに残った社員の給料を、苦難の時期にもかかわらず昌平は一律昇給した。「社員は資産だと思え」とまさ子を説得した。

 意気に感じた三人の社員が懸命に仕事に打ち込んでくれたことが、なんとか会社を持ち直す原動力になった。電装会社の商品は社員一人ひとりの技術だという原点に帰ることから始まった。クーラーやカーエアコンを販売し、売上を伸ばすという誘惑に負けたことが大怪我の元になった反省からだ。

 久しぶりに家族四人がそろった食卓で、多摩川電装のことや車関係のことでは一度も口出ししたことのない昌博と小百合が車の話題を持ち出した。

「いま車持ってる若者はカーオーディオを欲しがっているよ。小百合も好きな音楽聴けるように早く取付けろって、うるさいんだよ」

 昌博は小百合の頬を突きながら、両親の顔を伺っている。

「車の中で聴くミスチルの曲最高だよね、Innocent Worldなんてたまんないよね、お兄ちゃん」

「いいよ、いいよ。こんどのボーナスで俺が金払うからさ。小百合のためにオーディオ一式付けてくれないかなあ。取付代は無料でさ」

 最近になって取引のカーディーラーからのオーディオ取付依頼が増えていた。カーラジオやカーステレオ、カセットテープの時代から進化し、音楽CD再生可能なカーオーディオの時代へと次から次へと新しいものが出現し、マニュアル通りに設置はしている。仕事が途切れることがないのが有難いだけで、まさ子や昌平にとっては興味もないものだった。

「おれが知っている限りでは、みんなディーラーで買って、取付も頼んでいるみたいだね」

 昌博が言っても、まさ子と昌平は大して反応もしない。

「外に聞こえるように音量あげて車走らせているバカもいるけど……。みんな音楽好きなのよ。家で聴いていると好きな音楽は車のなかでも聴きたいんじゃない?」

 小百合は自分に置き換えて納得している。

「みんな欲しいはずだけど、若い者はお金がないからなあ」

昌博が若者の気持ちを代弁した。

「だったら多摩川電装で安くしたらいいじゃん。会社の前に『カーオーディオも工賃も安いよっ』て書いた大きな立て看板置いたら目につくんじゃない」

 小百合がおどけた口調で言った。

「それは企画宣伝部長の、おかあさんの役目だな」

 昌平は子どもたちとの話に、さも嬉しそうにニコニコとした笑顔を三人に向けた。

 小百合のアイデアは思いがけないほどの反響があった。

「俺、先週横浜みなとみらいの展示会へ行ってきたんだけどさ、お父さんの仕事は前途洋々かもしれないね」

「何の展示会か知らないが、うちの会社の将来に関わっているとでもいうのか?」

「いますぐということじゃないだろうけど、車の電装関係の商品っていままでになかったものが次々と開発されているよ。俺の仕事とお父さんの仕事が、こんなに近いものだとは思わなかったよ」

 鉄道の踏切と道路の渋滞は密接な関係があり、昌博が携わっている業務は線路の高架や信号のことである。道路交通行政や車社会だけでは解決できないことははっきりしている。

 昌博は横浜パシフィコで開催された第二回ITS世界会議の展示会まで出向いていた。ITS世界会議は、日米欧三地域の先進国が道路交通や車社会が抱えるさまざまな課題を解決するために一九九四年から開催されていた。ITSはIntelligent Transport Systems(高度道路交通システム)の英語表記の略称である。

「興味を引いたのは三つ四つあったけど、一つはカーナビとテレビが一体化して、車の中でもテレビが観れることと、あと一つはETCかな」

「ETCとは何だ?」

「Electronic Toll Collection Systemの略で自動料金収受システムのこと。有料道路の料金所で車を停車させずに、有料道路代をカードで決済するシステムなんだけどね。これは便利だから実用化されたら、みんな取り付けると思うよ」

「高いんだろうな。カーナビだってみんな欲しいけど三十万も四十万もするから、手が出ないんだよ」

「そんなにするもんか。ETC本体を電源に繋いで、アンテナをフロントガラスに張り付けるだけらしいよ。五、六万くらいじゃないかな。実用化にはもう少し時間がかかるだろうけどね」

 ソニックエレクトロンへ転職していた石川誠也から電話がきたのは、平成十年(一九九八)夏の繁忙期が過ぎて一段落した十月だった。

「最近はカーナビの精度が飛躍的に上がったこともあって、ずいぶん販売量が増えましてね。それに伴って、機器の不備、修理の件数も多くなり、社内だけではとても手に負えないのです。修理を外注したいんですよ」

 保守メンテナンスを多摩川電装に手伝ってもらえないか、という相談だった。多摩川電装にとっては悪い話ではないが、要員をどうするかが問題だった。不具合のカーナビを一端取外す作業もある。カーナビのケーブルはカーナビ本体、ダッシュボード上のモニターと数もあり、手数がかかることが考えられる。工賃との兼ね合いにもよる。またカーナビの修理がはたして電装会社の仕事の範疇なのか、少し外れているかもしれない、余分なことはしないほうがいいのではとも、大戸は考えたがカーナビに精通するメリットもあるかもしれないと逡巡しながら、「やらせてください」昌平は即決した。この仕事でリスクはないと判断してのことだった。

仕事の分量がどれほどのものになるのか、始めてみないことにはわからない。(かい)より始めよ、だ。

 詐欺の痛手からどうにか持ち直して来た時期の新しい仕事は有難かった。

 不具合のナビの修理は当初から百件は下らず、月々の売上も六十万円にはなった。修理に必要な機器や部材の費用もさほどのものではなく、季節変動もない安定収入源だったが、夏冬のエアコン修理の繁忙期には深刻な人手不足となった。土日や祝日、深夜作業も日常化し、社員の不満も膨らみ険悪な雰囲気になることがあった。

「社長、このままでは私たちみんな体が持ちません。人を入れてください」

 四人いる社員がそろって訴えてきた。

「よくわかっているよ。しかしこの仕事をすぐにできる人材なんてそうそうにはいないのだ」

 ハローワークに登録募集しても、問い合わせさえもない。そもそも自動車の電装という職種がどういうことをするのか、ほとんどの人が知らない。世の中は高い失業率で職を求める人であふれているといわれている不況にもかかわらずだ。まさ子と昌平の間には溜息だけが行き交っている。

 ソニックエレクトロンの石川から追い打ちを掛けるような要望が、昌平の悩みを倍加させた。だれか社員一人をソニックエレクトロン技術センターに常駐させてくれないか、という依頼だった。これまでは修理品を引き取り多摩川電装の会社内で作業を進めていた。どうにか人をやり繰りをして納品すればよかった。

「昌博が手伝ってくれないかしら。ゆくゆくは家業を継いでもらわなくちゃならないんだから」

まさ子の顔には、打つ手無しだという表情が漂っている。

「電装品の取付ではなくて、カーナビのDVDドライブやディスクの呼び込み部の不具合が大半だからな。お母さんさえやっていることは、あいつにとっては簡単なことだと思うんだよな」

 まさ子と昌平が会社のひっ迫した窮状を訴え、恐る恐る思いを伝えると、

「何言ってんだよ、俺はそんな仕事したくないよ」軽く一蹴された。

 石川からの電話を取ったまさ子は、早く人をよこせという催促の電話と思い、石川の呼びかけに憂鬱という分泌物が首筋から顔面にじわりと滲むようだった。

「ああ奥さんですか、石川です。いい話で早く社長にお伝えしたくて電話しました。じつはアメリカの工具メーカー日本支社の社員なんですがね、電装の仕事をしてみたいという人がいるんです。多摩川電装とうちの技術センターのことを話しました」

「まあ、それって渡りに船かも。どんな人?」

「まだ二十代でカーナビやカーオーディオ関係の仕事をしたいというんだから適任ですよ」

 まさ子と昌平は何くれとなく多摩川電装を気にかけてくれる石川のことを誤解していたのではないかと、そんな自分たちを恥じる気持ちになった。

「石川君は、ほんとうはうちの会社を辞めたくなかったんじゃないかね。いまごろになってそう思うんだよ」

「どうしてそんな風に思うの?」

まさ子もまた同調するようにして訊いた。

「仕事というのは突き詰めればカネを得るためと大半の人は思っているかもしれないが、うちの会社を辞めるときから今日までの石川君の言動を見ていると、決してカネじゃないと思えるんだ」

「辞めるとき石川君は、見向きもされないウサギのような寂しい目をしていた。うちの会社の将来に不安になったのは、石川君本人ではなくて奥さんだったのにちがいない。女は男みたいに甘っちょろくないのよ、超現実的な生き物なの」

「そうかもしれない。職場の仲間同士で創意工夫して仕事していたから、ほんとは辞めたくなかった。男はみんな奥さんの手の平の上で動かされているのかな。うちもそうか」

「まあひどい」

 採用した山元遼司をソニックエレクトロンに派遣常駐することで切り抜けた。山元は昌博と同年齢の二十八歳、ケレン味のない好青年、好きこそものの上手もあって石川にかわいがられ重宝される社員になった。

 山元はソニック電機エレクトロンに常駐勤務とはいえ、多摩川電装社内で対応するカーナビの修理品を毎週週末になると、狛江まで運んで来る。東急東横線の日吉と綱島の中間に位置する技術センターからは、綱島街道から玉堤通りを経由すれば三十分の距離だ。

 多摩川電装の社員たちは、山元が新入りの社員とはいえ、石川の元で働いていることから山元を快く受け入れ、説教的に話しかけていた。石川が多摩川電装の仲間たちと結束が固く信頼されていたことの証しだ。

「石川さんはどうしてる? 頑張っている?」「たまには飲みに行こうって言っといて」社員たちは石川のことを気にかけているのだ。

「最近元気がないんですよ。考え込んでいることも多くて……」

 山元が石川のそばで働くようになって半年ばかりが過ぎていた。

 ソニック電機工業の本社から出向してきた上司の部長が、とにかく細かいことにまで口うるさくて権威主義が色濃い人物だと、石川の思いを代弁するように、山元は渋面を浮かべて愚痴った。

「石川さんは名前の通り誠実だし、カーナビにも詳しい。部長っていうやつは、何をそんなに口うるさいんだい?」先輩社員は怒りをこめて問うた。

「僕や他の社員にはそんなにうるさくは言わないんですけど、カーナビ部門の責任者は石川さんなので、僕ら全員にたいする文句でしょう。それにしても石川さんに対する態度は度を越しています」

 部長の石川への理不尽は、仕事ぶりから服装のことまでに及んでいた。常に口にするのは、仕事が遅いということだった。

「何をそんなにバカっ丁寧にしなきゃいけないんだ。わが社のカーナビはそう簡単に壊れるようには作っていない」

 部長の言い分は大半の修理が修理代をもらっていない、技術センターの人件費は儲けに何一つ貢献していないばかりか、金食い虫以外の何ものでもないということに尽きていた。

 カーバッテリーの交換のために端子を取外し、再度装着した際に、カーナビが稼働しなくなったという症状がたびたび起きたときのことだった。

「そんなことをいちいちカーナビの所為(せい)にしていた暁には、いままでの全製品のリコールにさえなり兼ねないぞ。カーナビ側の問題ではない。取付をした側の、ド素人のような技術不足のせいだ」部長は一方的に決めつけ聞く耳など一切持ち合わせていなかった。「取付をしたところに、さっさと突き返してやれ」

 修理のミスで再度やり直しでもしようものなら、「バカヤロウ、会社辞めっちまえ!」と大声で石川を罵倒した。すべての叱責は石川に集中し、執拗を極めた。

「部課全員の飲み会の席では、石川さんをやり玉にあげてひどいことを言っただけでなく、石川さんがブルブル震えだすようなことまで口走ったんですよ」

 石川の形相は部長に殴り掛かる寸前だったと山元は言った。

「石川、おまえには会社に対する忠誠心というのが感じられない」

 部長は自分のスーツの襟につけている、ハート形の中に会社のイニシャルSをあしらったバッヂを指さしながら、聞き捨てならない言葉を弄した。

「中途入社の人間なんて所詮そんなもんだろうとは思うけどな……」

「どういうことですか?」

 石川は青ざめ、歯ぎしりが聞こえそうなほどに顔を引きつらせ、手にしたビールのグラスを震わせた。

「どうもこうもない。言った通りだ。その証拠にわがソニック電機工業株式会社の社歌を全部歌えるのか?」からかうように口にした。

 本社採用の自分とはその精神において隔絶した差があるのだと、部長は優越意識をひけらかして憚らなかった。

「…………」

 石川は唇を噛んで部長を睨み付けていた。

 山元が仕事を始めて一年ばかり経ったころ、石川は山元にぽつりと漏らしたことがあった。

「俺、会社辞めようかな。でもいまさら行くとこないし。多摩川電装に戻りたくなったよ」

続けて、「何が人と環境にやさしい、ハートフルな会社を目指そう、だよ」捨て台詞を吐き出した。サービス残業はもちろん、土日出勤さえ部長に強要されていたのだった。

下請け切り

 「このところ疲れがひどくて、汗かいたり肩こりだったりと調子がよくないから、今日病院いってくるわ」

 二十一世紀に改まった平成十三年三月のことだった。

 まさ子は朝食を摂りながら、昌平に心配させないようにという心遣いからか、「どこが悪いという病気とはちがうと思うけど……」と普段通りの口調で言った。

「更年期障害なんだろう。もうそんな年代になってきたってことよ」

「そうかもしれないけど……。でもちょっと鎖骨の下あたりがときどき痛くなるのが気になるの」

 昌平には言わなかったが、まさ子は乳がんを疑っていた。乳首からわずかだが体液が滲む状態がひと月ばかり前から続いていた。

 まさ子は近所へ買い物にでも行くようにして出かけていったが、午後会社へ帰ってきたときには、放心した、雲に霞んだ朧月のような表情を顔に貼り付け、言葉には力がなかった。

「どうだった、どこか悪いところがあったか?」昌平は努めて平静を装って聞いてきた。

「どうやら乳がんらしい、いや乳がんだってよ」他人事のように抑揚のない声で応える。

「それで?」

「クリニックで紹介してくれた乳がんの専門病院へ行くことにした」

 昌平は沈黙し遠くへ視線を投げていたが、食卓の椅子に座っているまさ子に近づくと、何も言わずまさ子の肩を抱きしめた。長い時間そのままにしていた。椅子から立ち上がったまさ子は、昌平の分厚い胸に顔を埋めた。

「ゆっくり治すさ。何も命にかかわるようなことでもないだろう」

「まだ癌細胞が小さければ完治するってお医者さんは言ってくれたから」

「車なら二十万キロ以上駆け抜けてきたようなものさ。少しはガタがくるよ。癌ではなくて『がんもどき』と思えばいいよ」

 滅多なことでは言わないダジャレまで口にして、昌平はまさ子を安心させようとした。

 まさ子の手術は検査入院と手術後の入院に約二週間を要した。

 無理をしなければ事務程度の仕事も構わないというのが医者の見解だったが、放射線治療の通院に四、五か月はかかるだろうとも言われた。

 昌平と昌博、小百合の三人でまさ子を見舞った日の夜のことだ。

「おまえたちも気づいていると思うが、お母さんは、入院していても自分の体のことよりも会社の心配ばかり。あの様子じゃお母さんは退院したら翌日から働くつもりだ。だけどこの際しばらくは休ませなくちゃ、できることなら仕事を止めさせようかと思っている」

 昌平は何か含みを持たせた物言いで、昌博と小百合に向かい合っていた。

「お父さんの言いたいことはわかった。早い話が私かお兄ちゃんが会社を手伝って欲しいってことでしょう。私はイヤよ。いまの仕事を続けたい」小百合には機先を制されてしまった。

「正直いま困ってるし、これからどうしたものかと考えているところだ。昌博、考えてくれないか」

 三十歳になる昌博も職場では責任ある仕事も任されるようになり、自分の裁量で事を進められる年代である。

「いまはそんなこと考えられないな」口ぶりは静かだが小百合と同じだ。

 鉄道会社で昌博が関わっているのは、複々線化と高架化に伴う運輸司令システムの大幅な変更につながる重要なセクションなのだ。以前から昌博は鉄道と道路交通の密接な関係に深く注目していて、両親の仕事に無関心というわけではなかった。

 昌平は昌博の「いまは……」という言葉に期待するものがあったが、直近の支払いや入金のチェックなどのほかに、三月の年度決算をひかえていた。まさ子のいない決算など考えられない。昌平は途方に暮れていた。

 つれない返事をした小百合だったが、会社と両親のことを気にかけていたらしく、自分の知り合いの伝手で、働いてもいいという二十代の女性を紹介してきた。

 面接に来た女性は、河本美香二十六歳だった。退院したばかりのまさ子も同席した。

 河本美香は小ぶりの体つきと、目元涼やか、鼻がスッと通っている古風な顔立ちの美人といってよかった。名前の知れた大学を卒業し、中堅の商社が職歴だった。

「うちみたいな零細企業にはもったいない。すぐ辞めるということはないかしら」

 優秀すぎることをまさ子は心配したが、そのときはそのときだと採用することにした。

 まさ子が給与規定や勤務規定などを説明しようとすると、

「ちょっと待ってください」河本美香が軽く右手を挙げた。

「身勝手なお願いなんですが、正社員ということではなくて一年ごとの契約社員という扱いにしていただけませんでしょうか。一年ごとではなくて二年ごとでも構いません」

 奇妙な申し出だった。普通ならば逆ではないのか。

「なにか理由がありますか。結婚するとか」

「いえ、そんなことではありません。むしろ長く働かせていただきたいと思っています。正社員だと社会保険に加入しなくてはいけないんでしょう? 私、国民健康保険にしておきたいんです」

 昌平とまさ子はその理由がわからなかったが、河本の希望をいれて、二年更新の契約社員とした。それに準じてボーナスなども勘案して、年棒制の二年契約にした。

 河本美香が入社したおかげで、まさ子は何の心配もなく乳がんの放射線治療に通院できた。それより何よりまさ子と昌平が苦手だったパソコン操作を任せることができるのがありがたかった。手書きだった請求書や納品書、社員の給与計算も簡単にできる経理会計ソフトも河本美香の提案で導入した。

 給与明細を手にした男たちは、いっぱしの会社になったようだとはしゃいだ。若い女性が

事務所に座っているだけで、むくつけき男ばかりの会社に明るさが満ちて華やいだ。

 わずかな期間に河本美香はみんなのアイドルになり、だれも「河本さん」と呼ぶ者はい

ない。みんなが「美香ちゃん」というのに時間はかからなかった。夏の繁忙期を終えた後の

慰労の飲み会と二次会のカラオケは大盛り上がりだった。美香はみんなに促がされて浜崎あゆみの「dearest」を歌い、全員で「明日があるさ」を合唱した。

 ソニックエレクトロン㈱からの呼び出しで、昌平が横浜市港北区に出向いたのは、十二月

に入ってすぐだった。

「単刀直入に話をしたい」

対面した部長は、ソファーの背もたれに尊大に体をあずけて切り出した。

「カーナビの進化は早く、いままでのDVDナビからHDDナビへと移りつつあります。ま

たDVDナビについては経年劣化の件数も減少傾向にあるうえ、製品の改良バージョンアッ

プもあり、不良の程度も簡単な修理が多くなりました。そこでどうでしょう社長、現在やっ

てもらっている工賃を値下げしてもらえないかというのが今日の相談です」

「どれほどの工賃とお考えで?」

「現状の四割引きでどうかと考えています」すでに決定済のようにさらりと口にした。

「それはできない相談です。そんな数字では現在常駐している弊社の社員の人件費を賄うこともできない数字です」

「ご事情もわかりますが、弊社の数字も非常にきびしく、他の協力会社様にもお願いしてい

るところです。なんとか飲んでいただけませんでしょうか」

 期の途中から値切りとは、下請け法にも抵触するのではという思いを、昌平はグッと飲み

込んだ。

「もう少し歩み寄った数字をご検討願えないでしょうか、お願いします」昌平は深々と頭を

下げた。

 交渉は結論がでないままに、昌平は石川や山元のいる現場に顔を出して、ソニックエレク

トロンを辞した。

事業の安泰を祈願した正月早々に、ソニックエレクトロンはカーナビ保守の業務委託契

約を解約すると通達してきた。年末の工賃値下げを飲まなかった腹いせとしか昌平には思えなかった。

「御社へは少々無理な要求にも、できることはすべて応えてきたつもりなのに、あまりにも

一方的すぎるじゃないですか」

昌平は大企業の高飛車なやり方に、悔しさのアクセルを目いっぱい踏み込んだ。

「わが社といえどもこの景気では、経費節減が親会社からの厳命ではどうすることもできません」

 部長は言い訳ばかりで、白々しく自社の言い分だけを言い連ねて、話を終わりにさせた。

この先を思い遣って、暗澹たる気分が昌平の全身を覆った。

「僕は来月から何やりゃいいんですかね」

 出向作業をしていた山元が、ふて腐れたように投げやりに訊いてきた。急に梯子を外され

ることへの向けどころのない憤懣が、昌平に向けられている。

「君は何も心配することはない。カーナビのことならだれにも負けない貴重な経験をしてきた。カーナビの仕事はいくらでもあるよ」

 自信ありげに胸を叩いてみせたが、昌平は正直不安に苛まれていた。ほんとうにこれまで通り仕事は入ってくるのか、社員を路頭に迷わすようなことにはならないかと、背筋に冷たいものが流れる想念が頭から離れない。この業界の仕事は自動車産業に連なっているとはいえ、自動車製造に密接につながっていて、毎日製品を生み出す工場の自動車部品メーカーとはまったく違うものなのだ。突然仕事が途絶えても何も不思議ではないという不安を常に抱えている業界だ。社員の技術が商品であるから、会社の固定経費の多くが人件費である。安定的な仕事を得ていくためには、どんなに工賃が安くてもディーラーや整備工場からの仕事を外すわけにはいかないというジレンマを抱えている典型的な受注産業である。

 昌平は自動車に向き合っている時ほど充実した時間はない。機械が好きなのだ。車のボンネットを開きエンジンルームを覗いているときや、運転席のインパネを取外し、計器類の裏側をいじっているときの充実感は、技術者としての至福の時間かもしれない。

 昌平にとっては、会社の経営全般を見ることや運営資金や財務のことを考えなければならないことが苦痛以外のなにものでもなかった。これまではまさ子がどれほど昌平の助けになっていたことかと改めて彼女の有難味が身に染みた。

 大企業と零細企業の多摩川電装を比べるべくもないが、会社の実印を副社長の藤沢武夫氏に預けっぱなしにし、開発に専念したという本田技研の創業者社長本田宗一郎を羨ましいと思った。

湿気を帯びた不快な空気が淀んでいる多摩川電装の作業場に、石川誠也がひょっこりと姿をみせたのは、平成十四年(二〇〇二)六月のある昼下がりだった。

 会社に残った昌平が一人でカーナビの取付作業をしているときだった。中途半端な時間帯に事前連絡もなく現れた石川に、それが奇異な感じを受け、昌平は作業中の車から降りて驚いたような声を出した。

「どうしたんだい、会社はいいのか?」

「近くのディーラーに急ぎの修理品の納品があったものですから。ご無沙汰しっぱなしですみません。奥さんはその後いかがですか?」

「ああ、大事に至らなくてよかったよ。事務所にいるはずだが。君の方こそその後仕事はどうだい? 仕事もそうだけど、サッカーワールドカップで、君ならば観戦チケットも手に入れて大忙しだろうと思っていたところだったよ」

 石川が高校時代にサッカー選手として国体にも出場経験のあることを昌平は知っていた。

六月は日韓共催のワールドカップで、日本中がサッカー一色だった。

「うちの娘なんて俄かサッカーマニアで、ベッカム、ベッカムと騒がしいよ」

イングランドのスーパースター、デビッド ベッカムに女性たちが夢中だった。

「とんでもない、ニュースを観る時間もありません。朝早くから深夜まで掛かりっきりです」

「そんなに忙しいのか。うちを切ったくらいだから、それほど忙しくないのだろうと思っていたけど」

「とんでもない、どうにもこうにもムチャクチャです」

 以前の石川にくらべて声色にも話し方にもメリハリがない。

「元気ないじゃないか。何かあったのか。なにがムチャクチャなんだよ?」

「山元君がいたころより、もっともっとひどくなりました」

 話を中断して冷房の効いている事務所の片隅の、粗末な応接に場を移した。

「まだあの絵あったんですね。社長のお気に入りですもんね」

 鉄道とトンネル、海水浴場が描かれた山下清の、平和そのもののレプリカの絵を、石川は「なつかしい」と言いながら眺めていた。河本美香がコーヒーを出してくれた。

「あの部長のやり方がホトホトいやになりました。無理難題、言うことなすことが矛盾だらけです。自分の出世と保身しか頭にないとんでもない奴です」

 近所に出掛けていたまさ子が帰ってきた。

「奥さんにも聞いてほしいです」石川は半ば強引に応接へまさ子を誘った。

「何をそんなに慌てていらっしゃるの。久しぶりなんだからゆっくり積もる話を聞かせてくださいよ」まさ子がソファーに腰を下ろしながら目を和ませた。

「ごねんなさい、あまり時間がないんです」

 石川は断りをいれて、何かに取り憑かれたように話始めると、テーブルに視線を固定させ、一方的に独り言のように続けた。

「ソニックエレクトロンを辞めようかと思っています。まあとにかく私の話を聞いてください」

 もうこれ以上耐えられないと石川誠也は、退職を心に決めて、数々のうっ憤を吐き出すように、大戸夫妻に部長との遣り取りのあらましを語り始めた。

 部長が石川に多摩川電装への外注を切ると告げたのは、大戸昌平がソニックエレクトロンに呼び出された前日だった。山元遼司の休みで不在をみはからって話し出した。

「石川君、来年一月をもって外注を止める。本社からの通達で可能なものはすべて内製化しろということだ。理由はそれだけ、問答無用ということだな」

「この先どうやって、これほどの量をこなせというのですか。はっきりいって無理です。社内の配置転換の要員で、山元君がいなくなった分を補うということですか?」

「山元が抜けたあとの補充はしない」

 部員全員が聞き耳を立てていた。

「だれが考えてもそんなことは不可能でしょう。部員みんな同じ思いのはずです」

「工夫をしろ、いくらでも改善の余地があるはずだ、というのが全社的な方針なのだ。石川、理由はそれだけではない。おまえは自分の胸に手をあてて考えてみろ、おまえには何かやましいことはないのか?」

「何のことです? 思い当たる節はありませんが……」

「そんなことはないだろう。みんな知っていることだ」

 社内を見渡しながら、皮肉な笑いを湛えて部長は続けた。

「おまえはなぜ多摩川電装に保守修理の外注を出し、常駐社員の要請も多摩川電装にしたのか。それはおまえが多摩川電装からバックリベートをもらっているからだ」

 思いもしない言葉を聞いた石川は、全身の血が煮えたぎって脳みそを熱くし、何を言えばいいのか咄嗟には言葉が思い浮かばなかった。顔は強張り、唇は小刻みに震えた。言葉より先に石川は手にしていた工具を思いっきり力任せに床に叩きつけた。

「酷すぎる!」

「そんなことは言いがかりだと、すぐにわかることです。部長は私を会社から追い出そうと目論んでいたのです」

 大戸夫妻に向けた両目からは、場所を憚ることなく涙が溢れていた。

「そんなことがあったのか」

 昌平には石川にかけるべき言葉が出てこなかった。

「案の定、仕事の進行は大幅に遅れ始め、お客からの催促やクレームも増大しました。ほんとうに私たち部員は全員が休日出勤、深夜までの残業を余儀なくされたのです。残業時間も月間百時間を超える月が続くと、部長はどうしたと思いますか? 結局外注に頼らざるをえなくなり、自分が営業部にいたときの得意先、親しくしていた川崎のF電装会社から社員を一名派遣させたのです」

 一度口をつけただけのコーヒーに手を伸ばすこともなく、握りしめた両手の拳をテーブルに置いたままで話を続けようとする。以前の石川とは似ても似つかない形相をしている。

「他の電装会社を引き入れたことや止むことのない私への締めつけ、言いがかりだけだったら、私も慣れっこになっていましたから、どうということもありません。しかし私は聴いてしまったのです」

 平素は来社することのないF電装社の社長が、月末だけソニックエレクトロンの部長を訪ねて来るというのだった。たしかに言われてみれば、昌平は港北区綱島へ行ったのは一、二度だったなあと思い返していた。

「先月末にF社の社長が来たときに、パーティションで仕切られた応接で部長とF社長が話している内容を聞いてしまったのです。通りかかったときに聞こえてきた細切れの声に私の足が止まりました。『今月分です』『悪いな』『できたら来月からは銀行振り込みで……』『いや、それはまずいよ』たったこれだけです。そのとき直感で思いました。大戸社長を呼びつけて、工賃の値下げを要請し、それを大戸社長が拒否されたときのことを。あれは部長の、遠回しのリベート要求だったのだと。考えてみればあの後部長が言っていたことを。『大戸というのは鈍感なやつだなあ』」

 部長が大企業社員の風上にもおけないワルなどとは昌平は想像したこともない。またF電装会社にしても何の名目でリベートの金を捻出し、領収書も取らずどんな処理をするのかがわからない。税制上使徒不明金処理だとすれば、余分な税金を払わなくてはならないではないか。そんな苦労をさせられる下請けの中小零細企業のことなど、部長には理解できるはずがないと、昌平はやるせない気分にさせられていた。

「それは石川君、君の思い込みじゃないのかい。証拠もないのに滅多なことで口にするのはよした方がいいよ」

「そうかもしれませんが、私には多摩川電装からリベートをもらっているなどと、根も葉もないことをみんなの前で言うやつが、自分が働いているワルを何事もないように平然としているのは決して許されるものではありません」

 ――たしかに自分の憶測かもしれない。

しかし石川は、このことを誰にも話さないでおくことは我慢ができない。昌平とまさ子にだけはわかってもらえると思い、今日多摩川電装に来たと強調して、赤くした両目に両手の拳を当てた。

「たいへんお世話になりました」

石川は深々と頭を下げた。

「あら、どうしたの?」

まさ子は怪訝そうな顔をした。

「まあ近いうちに、うちの連中と酒でも飲みに行こうや」

 昌平は励ますように明るく応じて、石川を送り出した。石川が帰ったあと、まさ子と昌平は顔を見合わせた。

「なんかチグハグな挨拶をして帰っていったね。石川君どうしちゃったんだろうね」

「あんなに一方的にしゃべる石川なんて記憶にないな、俺には」

石川誠也が訪ねて来た翌日の午後、山元遼司が血相を変えて事務所の扉を荒々しく開けて大声を出した。

「石川さんが自殺しました!」

「なんですって!」「いまなんと言った?」

 まさ子と昌平は同時に椅子を蹴った。

「石川さんが死んだんですよ!」

 ソニックエレクトロンの元同僚が山元の携帯に電話をしてきたというのだ。

「いつ? どこで? そんなことがあっていいの……」

まさ子も昌平も言葉が続かなかった。

 石川は房総半島のひと気のない海岸で、車の中で焼死していた。車も全焼で見る影もなかった。家族も会社の人間もわかっているのはそこまでだった。

石川誠也の葬儀――

 参列した大戸夫婦のもとに駆け寄った石川の妻が、まさ子に取り縋って人目も憚らず喚いた。

「会社が殺したのです! 部長に殺されたのです!」

 全焼した石川の車は、車両メーカーやソニック電機など後付け電装品メーカー、電装品を取り付けた電装会社が呼び集められ、警察立会いのもと、消防署により原因究明の検証が行われた。消防署の見立ては、エンジンはかけられたままで発火元はカーナビにつながる電源供給のケーブルハーネスと判断された。ハーネスの燃え方が異常に激しかった。ケーブルハーネスの数か所は絶縁体の被覆部がはがされており、その部分は故意に捩じってつなぎ合わせた痕跡もみられた。また接続したヒューズは通常よりも容量の大きいものに付け替えられていた。その結果過電流、高熱を呼び起こしたものと結論づけられた。

 司法解剖された石川の遺体からは大量の睡眠薬が検出され、死因は火災によるものではなかったことから、自殺死と判定された。

 石川誠也は遺書を残していた。死から一か月ほど経ったころに、石川の妻から遺書のコピーを添えた手紙が大戸昌平あて送られてきた。

 家族への詫びから書き起こした遺書の大半は、部長が石川に強いた困難で過酷なノルマの数々や当てこすり、嫌がらせ、わけても多摩川電装からリベートを受け取っていたという謂れのない言いがかりについて克明に書き綴っていた。遺書の最後部では部長への疑惑が書き連ねてあった。

……私には「何か疾しいことはないのか、自分の胸に手をあてて考えてみろ」と部長は言いました。しかし私には何の物的証拠もありませんが、部長が私に放った、私の全人格を粉々にする言葉をそっくりそのまま、部長にお返ししたいと思います。私と部長のどちらが天地神明に誓えるのかをソニックエレクトロンの良心に従って解明されんことを願ってペンをおきます、と綴られていた。

 石川の車輛火災は一種の自作自演によるものと判定された。昌平は、石川と同じ職場で仕事に携わった山元遼司に遺書のコピーを読ませた。現場に通じていた山元に当時の様子を改めて聞いてみたかった。

「ソニックの誰に訊いても石川さんが書いている通りと言うに違いありません。石川さんの奥さんの手紙にあるように、石川さんはうつ病になり、それが次第に重くなったことが自殺の原因だと、私も同感です」

 山元自身が何の偏見もなしに見て、石川の遺書は冷静な見方をしていると思うと言い切った。

「自殺する前日にうちの会社に来たのは、ただ別れを言いに来たかっただけなのかな、山元君はどう思う?」

「石川さんは多摩川電装に戻ってきたかったんだと思います。大戸社長が『うちに来いよ』と言うのを期待したんじゃないかなあ」

 山元の率直な感想を聞いて、大戸の心には悔恨の情が滲んで、石川に対する申し訳なさが

全身に広がった。

「石川さんは自分の仕事に誇りを持っているし、会社の為にという思いも強い人です。それでももう限界を超えていた。多摩川電装にも戻れない、かといってソニックの仕事を続ける気にはなれない。その切羽詰まった気持ちが、カーナビが原因の車輛火災を引き起こしてやろうということに……。カーナビ火災は石川さんの怨念の象徴だったのかもしれません」

「自分の会社への忠誠心や、カーナビの仕事への愛着の裏返しがカーナビを燃やすことによって、ソニックエレクトロンに思い知らせようとした、ということか」

「遺書を読んでいるうちに、僕はどうにかして石川さんのいろんな思いを晴らしてやりたいというアドレナリンが全身を駆け巡っているようです」

 昌平は目を瞑って山元の話に耳をかざしていた。みんな何のために働いているのか、誰のために働いているのか、会社って何なのだろうかと様々な思いが昌平に津波のように押し寄せて来ていた。多摩川電装の創業に力を貸してくれた石川誠也をなぜ救ってやることができなかったのかと、昌平は自分の鈍感さを責めていた。

 多摩川電装はソニックエレクトロンからの仕事打ち切りと時期を合わせるように他の仕事も減り、経営の見通しに何の明るさも見出せないでいた。

 昌平は自分の報酬を中断していたばかりでなく、銀行からの融資の目途も立たず、生命保険を解約してまで金の工面を強いられていた。とても石川を引き取るだけの余裕などどこにもなかった。

「親兄弟から借財してでも石川君を……」

 まさ子が顔を歪めて、何度も口にした。

 昌平は出社しても何もせず、ただボーッとして椅子に凭れていた。

「社長、ちょっと社長の車をわきに寄せてくれませんか」だれかが遠くから言った。

 ハッとしたように立ち上がった昌平は、気が抜けたような足取りで車に向かった。まさ子は昌平が外に出るのを見るともなく見ていた。

 ギィーという音と同時に「社長、どうしたんです? 脱輪してますよ」という声が聞こえてきた。

 バックで建物に寄せた車の左後輪が、側溝にはまっていた。外に出たまさ子は、呆けたようにして運転席にいる昌平を見た。

 石川の自殺後の昌平は、極端に言葉数が少なかった。まさ子が話しかけても「うん」とか「そう」というだけで心ここにあらずの、虚ろな返事ばかりで、物思いに耽る時間が一週間以上続いているのだった。

ETC

河本美香の兄が多摩川電装に左ハンドルの外国車を横付けしたのは、八月初旬だった。

 美香は思いがけない兄の来社に戸惑い、小さく怒りも覚えながらも昌平とまさ子に兄を紹介した。

「遠出の旅行を思い立ちまして、会社近くのオートバックスでETCを買ったんですよ。取り付ける段になって美香のことを思い出し、オートバックスでの取付を断ってお邪魔した次第です。取付だけでもやっていただけたらと思ってETCをもってきました」

「喜んでやらせてもらいます。うちでも最近ETCのセットアップ登録店になって、取扱いを始めたばかりです」昌平が気軽に応じた。

「そうでしたか。セットアップからお願いすればよかったですね」

「とんでもない、思いついていただいただけでも嬉しいです。まだ件数は少ないですが、美香ちゃんがセットアップは一手に引き受けてくれてます」

 ETCの取付には四〇~五〇分ばかりを要します、と言いながら昌平は美香の兄を事務所の中へ招じ入れた。

 兄と昌平が向かい合うことに、美香は落ち着かなかった。兄が軽率なことを口にしないか、ことにプライベートな事を話題にしないかと気が気ではなかった。昌平をはじめ社員からもプライベートなことを訊かれることをずっと避けていたからだ。できることなら二人が名刺交換をしないことを願った。

 美香の兄は府中市内で不動産業を営み、賃貸マンション、アパートの仲介のほかにラブホテルの経営にも手を染めている。そんなことを名刺の裏に記載してはいないだろうかと気になって仕方がない。漏れてくる昌平との話に耳をそば立てずにはいられない。取付が早く終わってくれないかと兄の車の方へも目がいく。

「いい車に乗っておられますね。外車はそうそうには買えませんよ」

昌平は世辞まじりに訊いた。

「単なる見栄っ張りなんです。でもこのETCというのは有難いです。左側にハンドルがついていても、有料道路の料金所をノンストップですからね」

 ああそうか、左ハンドルの外国車をターゲットにすれば、ひと商売になるではないか。なんでこんな簡単なことに気付かなかったのかと、美香の兄の一言に昌平は密かに感謝した。

「美香か? おれだ」

 多摩川電装に来社した日から一週間ほど経ったころに兄が美香の携帯に電話してきた。

「何? 仕事中なんだけど」無愛想に答えた。

「家族四人で旅行してきたけどETC快適だったぞ。料金所の渋滞を横目にスイスイだろ。ざまあみろ、とか言って、子どもたちが優越感に浸って喜んじゃってさ」

 会社へなんか来なくていいのに、社長にまで会ってハラハラさせたくせに、いい気なもんだ。兄貴というか男というのは、どうしてあんなに軽率で独りよがりの能天気な生き物なんだろうと美香は思う。結婚なんてしようとも思わない。

「タダで付けてもらったから旅行の土産を持っていこうかと思ってさ」

「そんなことしなくていいよ、いらっしゃらなくても結構よ。私がそのうちにそっちへ行くよ。チビたちにも会いたいしさ、奥様も元気?」ふざけた言い方で応えた。

 また来社されては気が休まらないこと甚だしい。やっとのことで押しとどめた。

「おまえの会社にとっていい話が二つあるんだぞ。聞きたくないのか?」

 河本美香の兄は車の定期点検の際に、多摩川電装がETCの取付を積極的に対応している話をディーラーの親しい担当者に売り込んでいてくれたのだった。ディーラー側でも左ハンドル車のお客からETCの取付希望が引きもきらず多忙をきわめていた。どこかの電装会社が常駐で協力してくれる会社を探しているところだったのだ。

「おれの名前を言って売り込みしてみろ」

 ぶっきら棒な言い方だったが、兄は既に多摩川電装に協力要請するように話をつけていた。ディーラーでは渡りに船にしてあった。ディーラーからすると美香の兄は上客だった。

「ディーラーの仕事は下請けだけど、あとの一つはETC車載器の販売とセットアップ、取付が一体となったものになると思うよ。ちゃんと話をつけたらどうだ」

 兄が紹介してきたのは、多摩地区を地盤とする信用金庫だった。兄の会社が行う不動産の売買で付き合いも深く、信用金庫の企画部を紹介してくれたのだ。多摩川電装でも同じ信用金庫の狛江支店に口座を持っていたのも好都合だった。

 美香と大戸昌平は、美香が作った提案書を持って早速信用金庫の本部へ出向いた。

「ETCに関わるビジネスの提案です。貴社と弊社双方にメリットありと考え提案書を持参いたしました。意のあるところをお汲み取りいただければ幸いです」

 着慣れないスーツが窮屈そうだが、昌平は淀みなく口上を述べた。

 信用金庫側では取扱いのあるクレジットカードのETCカードの取得をお客に勧め、ETC車載器の購入、セットアップ、取付を多摩川電装が責任をもって遂行することを提案し、ETC車載器の購入と取付の代金費用は、信用金庫のお客に限ったお得な価格で販売することなどを提案したものだった。

 美香の兄の口添えもあって、提案の企画書はすんなりと信用金庫が取り上げることになった。

 当初は期待するほどの反応はなかったが、信用金庫各支店での宣伝が浸透するにしたがって、多摩川電装への問い合わせ電話がひっきりなしに入り始めたのは、銀杏の木々が金色に色づき始めたころだった。

 問い合わせと時期を合わせるように、購入、取付の申込みが舞い込み始めた。河本美香の仕事が一気に増え、事務処理だけでも手に負えなくなってきた。パソコンも二台を追加設置した。

「この歳になってパソコンに係っきりになるなんて思いもしなかったわ。五十九だもんね」

 まさ子は週に三四日の仕事では間に合わなくなり、毎日出社をせざるを得ない忙しさだった。放射線治療の通院から解放されていたのが幸いしている。美香のパソコン操作の速さと比べるべくもないが、まさ子なりに覚束ない手つきでキーボードに立ち向かっていた。とにかく人手がいくらあっても足りない盛況になった。

 ETC購入、取付依頼の封書が毎日二十通ずつくらい束になって郵送されて来る。ETC車載器を百台仕入れても一週間はもたないほどの申込みだった。

郵便の束を見ると昌平は憂鬱になる。このままの状態が続けば、月間六百から千台ちかいETC車載器の仕入れが必要になり、その代金だけでも優に一千万円近い資金が必要な上に、メーカーからは仕入れのために五百万円の保証金を求められていた。昌平は信用金庫狛江支店に短期融資を申し込んでいたが、審査がすぐに済んで融資が実行されるものでもなかった。しかし昌平には信用金庫に足を運び、早期の融資実行をお願いしに行く時間もない。ETC車載器の取付を待っている客が途絶えることがなくなっていたからだ。嬉しい悩みといってしまえばそれまでだが、手が足りないといっても事務作業にも電装の技術者を増やすことも憚られる。いつ急に需要がなくなるかもしれないことを思えばリスクが多すぎるのだ。

 多摩川電装では、ディーラーに常駐している一名を除いた昌平を含めた四人で特需に対応していた。昌平は何事も忘れて無心に自動車に向かっているときだけが至福の時間だった。

 まさ子と美香は、送られてきた申込書の処理、ETC車載器への車輛情報を入力するセットアップ手続き、来客の接待など昼食を摂る時間もなかった。事務処理の中にはクレジットカード払いの客の、カードのオーソリゼイションという支払いの可不可の承認をとる作業もある。これまでに経験のない業務だったが、クレジットカード利用者を対象にしている上は避けて通れないものだった。

「美香ちゃん、アルバイトでも手伝ってくれる人いないかしらね」まさ子からは愚痴も出る。

「誰といってあてを思いつきません。でも私頑張りますから」

美香はまさ子に笑顔を向けた。

「僕が手伝いますよ」

いつの間にか山元遼司が、まさ子と美香の後ろにいた。

「あら、現場終わったの?」

「ええ、僕の分は終わりました。暗くなると仕事がはかどりませんから、今日は終わりです」

 ダッシュボードの下やインパネの裏にハンディライト(作業灯)をかざしてやる夜間作業は効率が悪すぎる。ミスも多くなるからやりたくないと山元は言った。相手が上司であれ先輩であれ自分の考えを遠慮なく言うのが、山元のいいところでもあり欠点でもあった。

「ETCのセットアップをやればいいのかな?」

山元は空いている机につき、さっさとパソコンの電源を入れた。

 車検証のコピーを事前に送ってくれているお客の分のセットアップ登録を前もって済ませておけば、美香にとっては翌日が楽なのだ。

「パソコンなんて山元君は若いから、私の数倍は速いものね」

「任せてください」

「それじゃお願いしようかな。オバさんは上がらせてもらうわ。美香ちゃん、よろしくね」

 まさ子は美香に向けて片目をつぶってみせたが、山元遼司が美香に関心を持ち、放っておけないでいることに、まさ子は女の直感でわかっていた。

「早々にかたづけて飯食いにいかない、美香ちゃん」

 河本美香は、案の定来た、来たと下を向いて苦笑した。薄々はわかっていたことだ。以前の職場で美香は苦い経験をしていて、男には一定の距離をおくことを肝に銘じていた。食事することくらいどうっていうことはない。

「いいですよ、ご馳走してくれるんですか?」

「もちろん。下北沢へ行こうよ。ちょっとおしゃれな焼き鳥屋なんだ」

 初めての食事はなにごともなく、仕事の話などが中心になるのは仕方がなかった。プライベートなことに立ち入らない話ぶりには好感が持てた。早速休日のデートを誘ってくるところなど、いかにも山元遼司らしかったが、曖昧な返事をしておいた。

 美香の元へは母親がしつこく縁談を持ち込んできていた。母親はある特別なつながりのある婦人会に属していて、そこでは教養講座や趣味の会などで忙しいのだが、彼女たちの主な活動は仲人連盟のようなおせっかいに精を出すことなのだ。兄夫婦も母親の持ち込んだ縁談で結婚していた。美香の元へもひっきりなしに見合い写真や釣書を持ち込んでくる。持ち込まれる縁談も一級建築士だの税理士、公認会計士だのと高収入をうたった男ばかりだ。美香はウンザリだった。男に興味がないわけではないが、美香には気楽な男友達であれば、それで充分なのだった。

 山元遼司が深い付き合いや結婚を匂わせるようになれば、はっきりノーといえばいいというのが美香のスタンスなのだ。高速道路をぶっとばすドライブに付き合うくらいがいいとこだ。携わっているETCを経験しなければとは思う。交際していた男と別れたときの、辛い経験はもうまっぴらと美香は思い続けているのだった。

 昌平夫婦は平成十五年(二〇〇三)の元日、久方ぶりに正月らしい正月を過ごした。

 取り込み詐欺に遭って忌まわしい正月だった数年前も遠い昔に思えるほどに、穏やかな家族との時間を持つことができた。春には小百合の結婚を控え、四人で迎える最後の正月になると思うと、一抹の寂しさはあったが、家族というもののすばらしさを存分に味わっていた。こんな満ち足りた元日を過ごせている、それもこれも河本兄妹がもたらした会社への多大な貢献によっていると感謝せずにはいられない。今年もこの好調が続くことを祈るばかりだ。

「俺、転職することにしたよ」昌博が急に切り出した。

「突然どうしたの。何の仕事をするのよ、いまの会社に不満でもあるの?」

 驚いたまさ子が立て続けに質問を浴びせた。

「多摩川電装に雇ってもらおうかと思って」ニヤニヤしながら答えた。

 まさ子と昌平は驚きながらも、満更でもない顔をして目を交わしている。

「いまやってるプロジェクトがほぼケリがついた。つぎのプロジェクトまで少し間があるけど、潮時かなと思ってね」

「そんなに簡単に辞めていいの。うちの会社のことを思ってならば、そんなことは考えなくてもいいのよ」

「そんな単純じゃないよ。鉄道に比べたら自動車関連の、特に電装品関係はこれからもっともっと多様になると思うんだ。たとえばETCでいえば、いまは有料道路料金所のノンストップだけだけど、駐車場だってガソリンスタンドだっていちいち現金で払うんじゃなくて全部ETCカードで自動決済になるだろうから、多摩川電装の仕事も将来性豊かじゃないかと思うんだ」

「電装品のメーカーは潤うかもしれないが、所詮うちの仕事なんてそのお流れちょうだいだからな」昌平は現実的にしか考えられないでいる。

「いまはそうかもしれないけど、どんな電装品が出てきてもそれを取り付けたり、修理対応も技術がなくては成り立たないでしょ。将来自動車電装品に特化した専門店とそれを装備する技術が一体になったお店があってもおかしくない。夢があるじゃないか」

「まあ正月の話題としては夢があっていいね」

まさ子は昌博の肩を持つようなことを口にした。

「それでおまえはほんとにうちの会社を手伝う気があるのか? 正直いっていまは手が足りない。おまえがその気ならばそうするぞ」

「三月中ごろまでいまの会社で、そのあとと考えているけど」

 乙女色の桜の花びらが舞っている四月を期して昌博は多摩川電装に入社した。

 昌平が昌博に言い渡した待遇と条件は厳しいものだった。

「最初の三か月は見習い期間だと思え。その間はこれまでもらっていた給料の半分。三か月過ぎたら改めて考えるが、そのとき決めた待遇はいつまでかは決めない。あえて言えば社員だれもが一定の仕事なら昌博に任せても大丈夫と言うときまで」

 昌博が不服そうな顔をすると、昌平は追い打ちをかけた。

「会社ではお父さんお母さんと呼ぶのは厳禁だ。社員みんなが言うのと同じにしろ。それから……、毎朝一番早く出社しろ」

 河本美香やまさ子がやっているパソコンを使っての仕事をやらせれば、たちどころに仕事ができることは昌平にもわかっていたが、先輩社員に付いての現場の仕事を命じた。まさ子が帰ったあと美香の仕事を手伝うことも禁止した。電装という仕事はとにかく技術第一ということを身をもって昌博に覚えさせるという考えに昌平は揺るぎはなかった。

 昌博の初めての仕事はカーナビの取付だった。

「まずはグローボックスとインパネの取外しからだ、昌博やってみろ」

 古株の先輩社員の指示でいざやろうとすると、そのための工具さえわからない。

「そんなものでやったら車にキズつけてしまうだろう、バカ」

 口惜しさがこみ上げてくるが反論もできない。力なく「はい」と返事するしかない。

「今日やったことでよくわからなかったことがあるけど、教えてくれない?」

 家に帰って昌平に話しかけると一言で返された。

「体で覚えろ」取り付く島もない返事が返ってきた。

 常時電源、ACC電源、メインスイッチ、アース。何もかもがわからない。車速信号って何だ。会社には機器取付のマニュアルもないのか。そんなことだから電装という仕事は何時までたっても昔の徒弟制度のような業態から脱出できないのだと、昌博は憎まれ口ふうにうそぶいて転職を悔やんだ。

 そろそろ見習い期間も終わろうとするある夜、事務所へ顔を出すと、美香と山元が帰る用意をしていた。

「ごくろうさま。今日は終わりですか?」

「やっとね」

「山元さんと食事にでも行こうって話していたところですが、昌博さんも一緒に行きません?」

 山元が一瞬表情を曇らせたように見えた。

 懐具合に思いがいって、ためらいがちにちょっと思案していると、「行きましょうよ」と美香が念を押した。

 手取りの給料から家に入れる食費や車のローン、保険の支払を差し引くと、毎月給料日が待ち遠しくなるほどお金がほとんど底をつくのだが、父親に言われていた教訓は守ると心に決めていたのだ。

――会社の先輩、同僚からの誘いは断るな。

 みんなの懐に飛び込んで可愛がってもらわなくてはいけない、それが自分のためだというのが昌平の教訓の一つでもあり、昌博は肝に銘じて実行していた。

「よろこんで」昌博は笑顔をつくって応えた。

 下北沢南口の多国籍料理のレストランだった。

 久しぶりの外食とお酒で昌博は少し飲みすぎたかもしれない、それで何か余計なことを口走ったのではないかと心配になった。どんなに自分に戒めていても気を許すとつい社長の息子というのが言葉の端に出てしまうのを恐れて芯から酔えないのが辛い。山元の乗りが悪いのも気になった。日頃の遠慮会釈のない話しぶりが鳴りを潜めているばかりか他人行儀なのだ。美香の関心が山元よりも昌博へより多く向かうのが気に入らないようだった。たまに山元へ話しかける美香にも棘のある言葉を返す。

 昌博は二人に同行したことを後悔しはじめながら、同時にはたと思い至った。

――山元は美香に心寄せている。俺は山元にとって邪魔者だったのだ。

 信金カードと提携したETCの販売と取付は順調で、多摩川電装にとっては特需といってもよかった。しかし取扱いが増えるにつれ、クレームの電話も入って来る。電話対応のまさ子と美香は、クレームの内容を聞き取り応急の返答を迫られることになった。

「おたくで取り付けたETCがゲートで開かず、車のボンネットにキズがついた。どうしてくれるよ」

 客はたいへんな剣幕で、電話の受話器を耳から遠ざけるほどだった。

「早急に原因を調べて、こちらからできるだけ早く電話を差し上げます。少しだけ時間をください」

「新しいETCに取換えれば済むことだろう。いつやってくれるのか、それだけ言えばいいんだよ」

「とにかくETC車載器が悪いのか、取付が原因なのかわかるまでお待ちください」

「ボンネットについたキズの修理も責任もってやれよ。通過できなかったときにかいた赤っ恥の精神的な苦痛代も請求するからな」

 弁明や言い訳は客の怒りに油を注ぐことになると、美香にはわかっていた。冷静になれと何度も自分に言い聞かせた。

 取扱説明書のトラブルシューテング欄にくまなく目を通したが、原因がわからない。

「ETCは車両側と料金所側の電波の交信によってゲートが開くんでしょう。電子、電波のことなら昌博を呼びましょう。わたしたちが迂闊な返事をしないことよ」

 まさ子は美香よりももっと冷静で、昌博を呼びに行った。

「ETCは微弱な電波を使っているから、その交信ができなかったということでしょう。車載器メーカーに訊きましたか? それとORSE(オルセ:道路システム高度化推進機構)にも問い合わせなければなりません」

 ORSE(オルセ)はETCシステムの総元締め、管理運営を統括している財団法人である。

 クレームは昌博が原因究明から客への対処まで一手に引き受けた。ORSEには全国から同じような問い合わせが寄せられているのは察しがつく。車載器本体とETCカードの状態に不具合はないと思われるというと、車の種類はなにかと聞かれた。

「アウディのA8ですが、何か問題ありますか?」

「ああ、それがゲートが開かなかった原因と思われます。輸入車の多くにはフロントガラスに熱線反射ガラスが使われていて、ETCの電波を通さないものがあります。わかっている範囲の車両一覧を送りますので、以後の参考にしてください」

 そんな情報は速く出せよ。ETC登録販売店の苦労も知らないでと、昌博は上部団体やメーカーの無責任体質に腹が立って仕方がなかった。

 メーカーのカスタマーサービスなんて何の役にもたたないと、昌博はまさ子と美香から聞き出した客からのクレームや質問へのQ&Aのマニュアルを一気に作り上げた。

三十周年

「来年はうちの会社も三十周年になるんだなあ」

 昌平は感慨深げに壁に吊るした山下清の切り絵のレプリカに目を遣りながら、誰に言うともなく口にした。まさ子と昌博の三人が寛いだ時間を過ごす居間である。

「本田さんと石川が生きていれば、盛大にパーティでもしたいところだけどなあ」

「総勢八人にもなるなんて思いもしませんでしたね」

 まさ子はまさかの人生だったという表情で相槌を打っている。平凡なサラリーマンの妻で一生を終わるものとしか思っていなかったまさ子にも、三十年が再生される動画のように瞼の裏を通っていく。

「俺も来年の四月で二年になるよ。忙しい二年だったよ」

 昌博もいっぱしの技術を身につけることのできた日々を振り返っていた。

「お父さん、記念すべき三十周年ですから、社員みんなが喜ぶことを、何かしましょうかね。美香ちゃん兄妹がもたらしてくれたETCで会社も潤ったし、何かみんなに恩返しするのもいいんじゃないかしら」

「青さんも来年でいちおう定年ということになるし、いいんじゃないかな」昌博も同調した。

 青さんというのは、創業時から会社に尽くした最古参の社員青田のことだ。石川誠也と手を携えて会社を支えてくれて、来年で一線を引くことが決まっていた。

「青さんが喜ぶ様子を見るのが、社員みんなの喜びにもなる気がするけど」

 昌平の言いつけを素直に守って、先輩社員の懐に入り込んで得た確かな感触から、最古参社員に感謝の気持ちを伝える場を設けたらどうかと、昌博が提案した。

「それじゃ何をしたらいいんだ?」

昌平にはこれといったアイデアは浮かばない。

「青さん以外の社員みんなからアイデアを募ったら、いい知恵が浮かぶと思うよ。俺がみんなに呼びかけてみるよ」

 ベテラン社員の退職には昌平も頭を悩ませていた。不定期で少しは仕事を続けるとは言ってくれているが、人手が足りなくなるのは陽を見るより明らかだ。

「来年は最低でも一人は補充を考えなければいけないな」

 昌平は昌博に相談でも持ちかけるように独り言を漏らした。

 以前社員募集をハローワークに申し込んだことがあったが、一人の問い合わせもなかった苦い経験を思い出した。どんなことをする職業なのか世間一般のひとには分かりにくく、地味な業種なのだから仕方がないとあきらめるしかなかった。求人票に経験者歓迎などと記載すればズブの素人が応募してくるはずもない。そんな単純なことにも気づかず、業種のせいにしてあきらめるしかなかった。中小零細企業にとっての悩みのひとつが人材の不足ともいえるし、社員を増やすことが、ことによると経営を圧迫する要因にもなるという矛盾に立ち至るのだ。

「インターネット上にホームページを立ち上げて、そこで求人するというのもやってみる価値はあると思うけどな」

 深い考えがあるわけでもなく、思いつきで昌博は言いながら、いや待てよ、やり方によっては思いもよらない結果をもたらすのが、いまの世の中だと昌博は思い直した。外国人の目

に触れるように、求人欄だけには英語の案内も入れたらどうだろうか。

「お父さん、多摩川電装のホームページ作ろうよ。俺が作るよ」

 さらに、発想を変えればなにも日本人にこだわる理由もない。中東や東南アジアの人々が

工事現場で働いているのをしばしば目にする。真面目に長続きして働いてくれるのであれば、何も問題はないだろうと、昌博は気持ちをわくわくさせた。

 昌博にとってホームページを作るなど造作もないことだ。三十年を記念してホームページを立ち上げる。問題はその内容をどうするかだった。相談相手は若い山元と美香しかいない。

「あなたたち二人に相談事があるんだけど、付き合ってもらえないですかね。食事代は会社負担でいいと、社長から許可もらっています」昌博が持ちかけると、「いいですよ」二人は即答してくれた。近所の居酒屋にした。

「来年、青さんが定年退職になり、要員不足をなんとかしたいけれど、そう簡単に人はいない。そこで会社のホームページを立ち上げて人の募集もしたいと考え、どんなホームページにしたいか若い者でアイデアを出し合って作れと社長にいわれたんだよ。せっかくだから会社をアピールするものを作りたい。協力してくれないかなあ」

「ブレーンストーミングってわけね」美香がすぐに反応した。

「それともうひとつ、青さんの退職時に会社として何かで感謝の気持ちを表したいので、そのアイデアも考えてくれって社長にいわれているんだ」

「それはいいことですね。そんな前例があれば社員もやる気が出ますよ」

 山元が賛同してくれたことに、昌博はホッとした。美香を間に挟んで山元と昌博の間にはなにかギクシャクするものがあったからだ。

「この業界ほど地味で、下請けにどっぷり漬かっている業界はないと思いますね。だから人が来ないんですよ。若い女性もほとんどいないし。女性の職人技術者というのはどうです?」

美香に目を遣りながら言う山元の率直な物言いが以前と同じことに昌博は安堵した。

「わたしは前から一度言おうと思っていたんですけど、なんせ会社のどこもここも汚い。どんないいホームページを作っても会社の中からきれいにしないと。この会社で働いてもいいと思われるように清潔にしないとだめです。気持ちよく働く環境があれば……。来社したお客さんがまた来たいと思うような会社とも合致すると思いますね。それがあっていいホームページができれば」

「まずはトイレをきれいにしてほしいな、俺は」

「同感。早速社長に提案しましょうよ」

 山元と美香が頷き合っている。

 あらぬ方向に話が向いたなと思いながら、昌博はなるほど話はしてみるものだなと感心していた。こんな酒なら何度でも飲みたいと、昌博は手を挙げて酒の追加を頼んだ。

「ホームページはどんな体裁にしたらいいと思う?」

 本題に戻して昌博は改めて訊いた。

「まず同業他社のホームページをたくさん見てみることから始めたらどうかしら。他社の良いとこ取りと、よくないと思われる点を洗い出したら、自ずと概略が浮かび上がってくるんじゃないかしら」

「そうだな。俺はいろんな会社のホームページでくだらないと思うのは、社長の挨拶から始まるやつ。あれはつまんねえよ」

「少し時間かけて、いろんなホームページを見て研究してみようか」

昌博は一週間後にまた三人で集まることを提案した。

――ちょっと待ってくれよ、来週の金曜日はクリスマスイブではないか。

山元は二人にわからないようにして顔をしかめた。美香をどうしても食事に誘おうと考え、どう言おうかと逡巡していたところだった。他に予定があると言えば、美香を誘えなくなる。このときを狙って美香に告白するつもりだった。

――昌博というのはなんと鈍感なんだ。ホームページの相談なんていつでもできるじゃないか。

 翌週の月曜日。昌博が会社を休んでいた。インフルエンザに罹り、一週間は出社しないという。

「美香ちゃん、昌博さんいないけど、金曜日に二人だけで食事しない?」

 時間を空けることを了解していた美香は、ほかの用事があるとは言えなくなっている。

 クリスマスイブの夜、山元は美香との下北沢での食事の約束を取りつけた。

 時間制限のあるイタリア料理中心のレストランに、山元はやっと席を確保していた。同性同士の客は一組も見当たらない。いまから想いを伝えようとするやつなんて俺だけだろうなと、山元が気が引けるほどどのカップルも親密な間柄に見える。

 クリスマスイブらしく注文したワインのグラスを合わせた。

山元は緊張して会話のきっかけに戸惑っていた。思い切って言ってしまおうかとも思う。

「美香ちゃん、いまの仕事のことどう思ってるの?」

 どうでもいい、まるで職場の上司が部下の勤務評定面接のようなことを口走っていた。

「どうって、忙しいけどやり甲斐あると思っています」

「俺もやり甲斐あると思っている。死んじゃった石川さんに感謝してる。いまの会社に紹介してくれたし、仕事も懇切丁寧に教えてくれた」

「よかったですね」

 会話が途切れ長続きしないことに山元は焦っている。想いの丈を伝える糸口はないかと必死になって言葉をさがしていた。

「俺、石川さんに言われたことを一生忘れまいと自分に言い聞かせて今日までやってきた」

 石川誠也が親身になって山元に言い聞かせたことは、何でもいいからこの仕事ならだれにも負けないという技術者、いや本物の職人になれという教えだった。

「一例でいえばETCの取付だよ。あんな簡単な作業はないから一番も二番もないと思うだろう。でも石川さん風にいうと違っていた。『なんだ、この処理の仕方は』などとだれにも言わせない仕事をするだけでなく、人の一・五倍くらいの速さで仕上げられる技術者になることだと肝に銘じてやるようにと教えてもらった」

「いいことじゃないですか」美香はどこまでも言葉少なだった。

「実はそれには俺だけのきわめて個人的な理由があってね……」

「実は個人的な」という切り出しに、美香は一瞬身を固くした。この手の語り口にはプライベートな事柄を伝えようとするニュアンスが含まれていると、美香は心得ていたのだ。頑なに自分のプライベートな部分を他人には口にしないと決めていた美香は、人から聞かされることにも心を閉じることにしていた。

「俺には、他人に言わせると実に他愛ない、夢にもならない将来の夢があるんだ」

「どんな夢が?」

 美香にも、あまりにも素っ気ない受け答えに咎めるものがあり、つい訊いてしまった。

「美香ちゃんにはいま付き合っている(ひと)いる?」

 美香はやっぱりと合点するものがある。「いません」とにべもない返事をした。

「俺の夢というのは、平凡すぎるほど平凡な家庭を築くことなんだ」

 このあとに続く山元の言わんとすることは、誰にも想像のつくことだ。

「やめましょ、こんな話題」美香はぴしゃりと言った。

「いや、やめない。聞いてほしい……。俺は高校まで養護施設で育てられた。しかも俺だけじゃなくて……」

 山元の母親は戦後昭和二十一年、駐留(進駐軍)アメリカ軍兵士と日本人の間に混血児として生まれていた。父親は朝鮮戦争で戦死、日本人の母親の手を離れ、大磯のエリザベスサンダースホーム(混血児養護施設)で育った。山元遼司は母子二代にわたって養護施設で育てられていたということになる。言われてみれば山元の顔形の一端には西洋風の容貌もうかがえるのだった。山元はアメリカ人の血を受けたクウォーターということになる。

 山元は幼少時を離婚した母親の元で暮らしていたが、病弱で入退院を繰り返していた母親が山元一人を残して病没し、小学校就学前に児童養護施設に預けられた。施設で高校卒業までを過ごし、奨学金を得て夜間の英語専門学校で学んだ。その間は奨学金とアルバイトをして自力で生活してきた。

「英語学校で身につけた英会話を生かして、アメリカの工具メーカー日本支社に職を得て、やっと独り立ちしたんだ」

 山元は、美香が無関心であろうとなんであろうと、自分の生い立ちを話し、美香への想いを伝えたい一心でしゃべり続けた。美香はただ聞いているしかなく、戸惑うばかりだった。

「工具メーカーの準社員として出入りしていたソニックエレクトロンで知り合った石川さんに紹介されて、多摩川電装に転職したわけだけど、石川さんと大戸社長の存在は、俺の生き方に大きな影響をあたえた」

 石川は山元に、なんでもいいから確かな技術を身に付ければ、食いっぱぐれることはないと言って、公私にわたって励ましてくれた。また大戸昌平は「将来の目標を立てて、だれにも負けない技術を身につけろ、そうすれば、おまえさえその気になれば、のれん分けしてやってもいい」とまで過分な励ましの言葉までかけてくれていた。

「どうして私にそんな話するんですか?」

 美香はもうこれ以上耐えられないというように顔を歪めた。このままでは次に自分のプライベートを明かすことを求められれば精神的な圧迫に耐えられない。

「ごめん、いやな思いをさせたみたいだね……。でもどうしても自分のことを話さないと、言おうと思っていたことの俺の気持ちが伝わらないと思って」

「…………」

「俺の中では今日でなくちゃいけなかった。……美香ちゃん、俺と付き合ってくれないか」

 年が明けて多摩川電装三十周年の二〇〇五年になった。

 ホームページ立ち上げ担当の三人は、忙しい仕事の合間を縫って打ち合わせを続けた。美香と山元の二人の間にも、何事もなかったように告白以前と何ら変わりなく、互いに人差し指を交わしながら会話が弾んだ。

「ホームページの構想はほぼ煮詰まってきたね」

 トップページのラフスケッチと画面階層の条項を書いた紙を広げて、昌博が二人に再確認するように説明した。コンセプトは「確かな技術に支えられたコミュニケーションを大切にする会社」とした。

「コミュニケーションというのは、お客様の思いに耳を傾けるという意味だし、従業員全員の意思疎通をよくするということだから、とてもいいと思うわ」

 昌博と山元もその通りと互いの視線を交わしている。

「人の採用にもこの考えを反映させれば、温かく指導してくれそうな会社と思えて、ズブの素人でも問い合わせて来そうですね」

 山元は自身が入社したときに接してくれた先輩社員のことを思い浮かべていた。

「全員の写真をホームページに載せますからね。それに電装の仕事で一番得意とすることやそれぞれの趣味も書きますから」

美香がカメラを手にしている。

「顔写真は勘弁してくれよ、こんなジジイの写真なんてやめてくれや」

 最年長の青田が左右に手を振って言った。

「顔写真がいやな人は、作業中の横顔で」

 社長の大戸昌平は「エアコン修理」、趣味はツーリングと記載した。もちろん社長の挨拶など無しだ。

 青田は「オルタネーター、スターターの保守」、趣味は「屋根の上に布団を敷いての昼寝」と書いた。

 山元は「カーナビのことなら何でもおまかせ」、趣味はランニング、マラソン大会への出場だった。

「山元君の「なんでもおまかせ」というのはいいね。これだとお客さんからご指名で仕事が来そうじゃないか」昌平が顔をほころばせている。

 多摩川電装のホームページは、多摩川の流れと満開の桜をバックにして、三月下旬の花笑みの季節に完成した。

 ホームページが立ち上がって一週間足らずのうちに、採用の問い合わせが入った。

 昌博たち三人が考えた入社までの過程にトライアル期間を設けたことが功を奏したかもしれなかった。会社の雰囲気や仕事の内容など一か月間の体験を経て、正式に入社したいかどうかを応募者の判断に委ねるとうたったことが画期的だった。

「トライアル制度というのはとてもいいと思いました。場合によっては一か月ではなくて、三か月というのもあればと思います」

 昌平は即座に、体験を申し込んできた若者の意向を汲んでオーケーを出した。

「青さん、一か月から三か月の間、若者の面倒みてもらえないか。名前は新井(あらい)一浩(かずひろ)

 定年を間近にひかえた青田に、応募してきた人に仕事を教えてくれて、人物の観察も同時にしてくれるように、昌平は頼み込んだ。青田の仕事熱心さは、同僚のだれもが認めるところで適任だった。年の差を感じさせない二人の親密さを、まさ子や昌平、同僚たちは、ほほえましく見ていたが、一か月後には正式な入社が決まった。

 青田と新井一浩は、何の仕事をするにもぴったりとくっついて、食事さえも共にしている。初めのころは「新井君」と呼んでいた青田はいつの間にか「新井」と呼び捨てだったが、笑い声さえも聞こえるほどになっていた。

 美香は「新井ッ」という青田の声を聞くたびに、チッと胸を刺すなにかを感じていた。特別変わった姓でもないのに敏感に反応するのだ。なぜそうなのかは、だれにも理解してもらえないことはわかっている。独りよがりでしかないのだが。

 青田の生き生きとした仕事ぶりを横目に、他の従業員の間では、青田の定年祝いに向けてどんなサプライズを用意するかが、密かな話題の中心だった。

「商品券かな」「記念品の品物よりやっぱり現金じゃないの」「温泉旅行プレゼント」などなど侃々諤々(かんかんがくがく)のアイデアで楽しんでいたが、社員旅行でのサプライズ宴会を考えてはどうかということで衆議一決した。

「旅行、いいじゃないか」昌平が賛同して続けた「せっかくだから二泊か三泊の旅行を考えたらいいじゃないか」

 昌平の太っ腹な意見を聞いて、みんなは沖縄か北海道かと言い始めた。

「海外旅行というのも有りじゃない。旅行費用なんて沖縄や北海道と変わらないんじゃないの」まさ子も乗り気になった。

まさ子昌平の二人は一度の海外旅行の経験もない。働きづめだった。

「みんな海外旅行したことあるのかしら。だれかが行ったという話聞いたことないわね」

「この際思い切って海外旅行にしようじゃないか。一生に一度くらい外国にいってみようじゃないか」

昌平の鶴の一声で決まった。行先は旨いものも食べられるのではという意見が多く、青田も喜びそうなので、二か月後くらいの三泊四日の香港に決まった。

 海外社員旅行が決まってから、美香は憂鬱になっていった。それに引き替え従業員のだれもが明るく会社の中はこれまで以上に活気が満ちていた。

「美香ちゃん、海外旅行行ったことある?」

まさ子に訊かれて美香は一呼吸おいて答えた。

「い、いえ、ありません」

「じゃ、早速パスポート取ってこなくちゃね」

 美香は既にパスポートを所持していた。大学の卒業時にはヨーロッパ一人旅を経験し、働くようになってからは家族でハワイ旅行をしていた。

 今度の社員旅行では近々旅行代理店から個々人の情報を書き込む旅行申込書が送られて来ることだろう。そこにはパスポートナンバーや発行月日などを記載することはわかっている。そこで何もかもが明らかにされるのだ。河本美香は在日韓国人三世で、本名は「河 美香(ハ ミヒャン)」であることが。これまで在日韓国人であることをひた隠しにしてきたわけではなかったが、高校大学の入学や就職といった転機が訪れるたびに、カミングアウトすることを避けてしまっていた。日本に帰化することも可能だったが、美香自身はなにも在日韓国人であることに臆することはないと思いながらも、長じるにしたがって在日であることの不利益や世間の眼差しを身に受けていたのも事実だった。さっさと帰化して「日本人」でいたほうが、どう考えても「生きやすい」のに、結局ズルズルと来てしまっていた。そんなことの集大成が日本の国外に出るときに身に降って来るのだ。

パスポートの色は濃緑色、国名はハングルで記載されている。さらに面倒なことは帰国時に日本に入国するための再入国許可証という書類を準備し、日本入国時には入国審査は外国人のブースに並ぶことになるのだった。

 入社したばかりの新井一浩は、自分と同じ在日ではないかと、美香は根拠もなく思っている。在日韓国人で「新井」を通名としている人を、美香は何人か知っているからだ。しかし新井一浩に確かめる理由もない。

 旅行の日が近づくにつれて、美香は一つの決断を迫られていた。

知り合いに紹介されて多摩川電装に職を得たときに、ああ、これで日本人か在日韓国人かなんていう煩わしいことに気を遣わなくて済むかもしれないと、美香は期待したものだ。人の噂話に目の色を変える女性の多い職場が、どれほど息苦しい空間かを美香は身を以て体験していた。多摩川電装という男社会にはそれがない。名前なんて単なる記号と思えばいいのだから、ふつうの「河本美香(カワモト ミカ)」のままで、なにも本名の「河 美香(ハ ミヒャン)」でなくてはならない理由もない。それ以上でもそれ以下でもない、会社にとって役に立つ事務員でいられる居心地のよさがありさえすればよかった。

車台番号の意味を教えてもらったときの、単純明快さに感心した思いがある。車の誕生からスクラップされるまでの間、所有者が何人変わろうとも、その車に与えられた無機質な記号、どれひとつとしてこの世に同じ車台番号の車はないということに感動さえ覚えたものだ。

「『カワモト ミカ』でも『ハ ミヒャン』のどっちでもいいんです、記号みたいなものですから」と、あっけらかんと言ってしまうことができたらどんなに気が楽になることだろうと思う。おそらくこの会社の人たちも「どっちでもいいよ」と言ってくれるはずだ。要は周りの人の目ではなく、自分自身の考え方ひとつだということも、美香にはわかっていた。しかし入社に際し契約社員にしてもらってまで、在日であることを伏せたのはなんだったのだろうと自分を責め、この際潔く退社することが自分の中で理にかなっているのではないかと思う。この仕事と会社が好きなのに、どうしてこういうことになるのかと運命のいたずらに翻弄される、生い立ちや国籍などという個人の能力には無関係な境遇に、しらず涙がこぼれた。

 河本美香は退職を決断した。決断して、名残惜しさがこみ上げてきた。そしていつぞや昌博と近所の喫茶店でお茶したときの話が思い出された。

「美香ちゃんがETCの仕事をもってきたとき、俺は、アッ、これだと思ったものだ」

「ETCがですか?」

「いやそうじゃない。ETCの売り方というか……、うまく言えないんだけど」

 多摩川電装は、というか電装会社はずっとこのままでいいのだろうかという疑問をもっていた、と昌博は言った。

 社歴の長い会社は、車のバッテリーを長い期間自動車整備工場やガソリンスタンドに売っていた。それが自動車の電気系統の修理につながり、いまも続いている会社も多い。仕事は整備工場やディーラーの下請けが中心だった。ディーラーが十で請けた仕事を五でやることに不満があっても仕事さえあればと甘んじてきた。

「ETCで何に気づいたかというと、下請けの仕事ではお客の顔が見えない。電装会社は直接お客と接し、お客の顔が見える仕事に向かうべきじゃないかと思うようになったんだよ」

 それまでぼんやりしていた画像が、ETCをやるようになってぴったり焦点が合ったと、昌博が喜々として語ったことをいま美香は思い出していた。

「どうしたら車のユーザーと直接向き合って、お客が何を望んでいるか、どうしたら満足してもらえるかを考えた電装会社であればいい」

「いわれてみればそうですね」

「いまはまだ、どうしたらそんな風になれるのかわかっていないけれど、俺にはこの業界で夢と理想がある。理想や夢はただ漠然と思い浮かべるものではない。実現させるべきものなんだ、俺の中では」

「いい話だし、とても楽しい」

「だれもが鳥みたいに飛んでみたいけど、できっこないと思い込んでいたのに、いまでは巨大な金属の塊が世界中を飛び回っているじゃないか」

「テレビも電話も同じですよね」

「美香ちゃん、理想の電装会社を思い描いて、夢と理想を現実のものにするために、この会社で一緒に頑張ってみない?」

「昌博さんの中で、いまどんな会社の姿が描かれているのかしら?」

「陳腐かもしれないけど、カフェを併設したきれいな電装会社。来客が憩うことのできる店かな。そこには技術者がいて、お客に適格なアドバイスができてお客の夢を叶える電装品も揃っている電装会社。そんな会社をプロショップと呼んでいる人もいるけどまだまだだね」

 昌博は頭の中に描いている電装会社を熱心に語ろうとしていた。

「美香ちゃんって美大卒じゃなかったっけ? 未来の多摩川電装のパース画を描いてくれないかなあ。広いスペースの駐車場があって、カフェとショップと工場のあるプロショップ(電装専門店)」

 昌博の熱い話に共感した美香に「今の仕事を生涯続けたい」と言わせた。

 昌博と夢を語り合ったあの熱い思いは、退職を決意したいまとなってはむなしい空想にすぎなかったと、また美香の両目から涙が溢れてきた。

間瀬美千代その後

 会社設立三十周年の香港社員旅行から二年が経った二〇〇七年の秋口のこと、昌博がひと月遅れの三流週刊誌のコピーをもってきた。まさ子はプレステージ自動車時代の旧友から届いたメールを読みながら、四十年近い日々をつらつら思い浮かべているところだった。

 ――あれからずいぶん長い長い時間が流れたものだ。また河本美香が香港旅行を辞退し、会社も辞めてからも既に二年になる、事務仕事を一人でこなすこともなんとかしてきた。

「もうすっかりオバアさんだわ」

 まさ子は感慨に耽り、ひとりごちて、携帯電話を閉じた。

「お母さん、この週刊誌の記事を見てよ」

 昌博がA四判の紙一枚を食卓に置きながら言った。

「悪女たちの事件簿」というタイトルの「その一 セレブ女の結婚詐欺」という太字が目に入った。

「何よ、こんな週刊誌の記事なんて」と言いながら、「よく読んでみろよ」と昌博に促されて、老眼鏡を手にしたまさ子は、急に沈黙し、コピー用紙を持った手をかすかに震わせ始めた。

  ――「悪女たちの事件簿」

  高齢の独り身男性を狙った結婚サギの容疑で○○署に逮捕されたのは、間瀬美千代六十一歳。騙し取った金は総額で八千万円相当に上ると思われる。間瀬は複数の婚活サイトで知り合ったとされる資産家の高齢者に的を絞り、金を手に入れると同時に姿をくらますという手口で……。自称モデル派遣プロダクション経営で、二百人近くの登録男女モデルを抱え、企業のプロモーションビデオモデルや展示会コンパニオン、専門誌ヘアモデルの派遣など手広く事業をやっていると称している。詐欺の手口は一様に、結婚を臭わせながら、事業拡大への出資も同時に持掛けることのできそうな男性に、事業も私生活も共に歩んでいきたい、そんな積極性のある男性を求む、と柔らかい語調で語りかけていた。

  間瀬の外見は派手で実年齢よりも十歳以上も若く見える。知り合った男性との待ち合わせは都内の一流ホテルを指定し、数回のデートを重ねたのち、自分の会社への出資を促すという方法であった。男性を信用させる道具の一つが乗り回す車はメルセデスベンツSクラス……。

 そんな内容の記事が、揶揄するような書き方で書き連ねてあった。

――こんな形で姿を現すなんて。決して忘れることのできないカーナビの取り込み詐欺に遭った口惜しさと、会社倒産まで覚悟した忌まわしい時間。まさ子はこもごもの錯綜した

思いと同時に、悲しみの感情が湧いてきた。なぜ悲しくなるのか自分で自分に説明できない不思議な感情だった。

 間瀬美千代は、戦前の高等女学校から続く都立の優秀な高校を卒業した、利発で誰よりも

明るい女性だった。どこでどう人生を踏み外してしまったのか、まさ子は我が身と紙一重の

ことだったのではないのかと、四十年近い歳月を振り返っていた。

 間瀬美千代と自分との違いは何もなかったのではないか。大きな分かれ道は結婚だったと思う。もし昌平が結婚相手に間瀬美千代を選んでいたら、彼女がいまここに居てもおかしくない。そんな巡りあわせを間瀬には感じて、女にとっての人生の最大の転機は結婚にあると、しみじみとした気持ちから、女の哀しさをかみしめる思いだった。

 間瀬美千代と一緒になった西川紘一はどうしたのだろう。旧知の友人のだれか知っている人がいるかもしれない。まだ間瀬美千代と一緒だろうと、まさ子は根拠もなくそう思った。もしそうであればなおさら間瀬のことが不憫でならない。悪事に手を染めてしまう原因は男にあるのではないだろうか。間瀬美千代の情熱的な性格からすれば、男のために、男に貢ぐ間瀬が哀れでならない。人間は嘘をつき続ければ、それがあたかも真実であるかのように思い込んでしまう錯覚に満たされてしまうのではないだろうか。モデル派遣業いう実体のない空想に身を委ね、高級車を乗り回すことで、経営者になりきってしまっているのではないだろうか。その象徴がベンツのSクラスなのかもしれないのだ。

「お母さん、恨みつらみの一言でも言いたいだろう。どんな生活を送ってきたのか知らない

けれど、のうのうとベンツなんかを乗り回して。それもなんとSクラスだぜ。もっともベン

ツSクラスというのは自分が運転する車じゃなくて、運転手付で乗る車だけどな」

「恨みつらみなんて……、もうそんな気にはなれないよ。それに倍するほどお父さんに幸せ

にしてもらった」

 まさ子は、昌平と多摩川電装という会社がこよなく愛おしく思えてならなかった。

「それってノロケかい?」

「何言ってるのよ。それよりアンタもそろそろだれか良い人いてもいいんじゃないの?」

 昌平が間瀬美千代の想いには見向きもせず、一途に自分に目を向けてくれた若かった時代に、まさ子は思いを巡らせた。

「結婚というのは、女にとっては男とは比較にならないほど一生を左右する重大事だと思うわ。男なんていとも簡単に仕事を変え、家庭のことを顧みず、好き勝手をやる。余程しっかりした(ひと)を奥さんにしないと家庭はもたないよ。顔かたちなんて二の次よ」

小説 自動車電装会社 第二部へつづく