梶山季之がどうしても書きたかったこと

梶山季之は1960年代の超売れっ子作家で、韓国併合期に朝鮮に住んでいた日本人を描きたいとずっと考えていた稀有な小説家だと、私は思っています。代表作の『李朝残影』と『族譜』は、彼が何を書きたかったのかが、日本人・朝鮮人双方にひしひしと伝わってくる作品です。二作とも韓国で映画化されており、彼がいかに真摯に併合期に生きた朝鮮人とその周囲にいた日本人に向き合ったかを雄弁に物語っています。日本における梶山季之の一般的な評価は、経済小説や産業スパイ小説、また官能ポルノ小説の作家というものですが、これらの作品は彼の一面でしかありません。

私はいま、彼が何を書きたかったのか、本望は何だったのかについて想像力を働かせてみようと思っています。香港で客死したことで、ほんのサワリしか書かれないまま絶筆となった『積乱雲』。それを読む機会が喪われたことが残念で仕方がありません。ハワイ移民だった彼の母親、植民者の立場から見た朝鮮人とその生活、植民者としての日本人の生態、親の故郷である広島の原爆などがテーマだったとされています。微力ながら『積乱雲』の構想に何があったのか探りたいと考えています。(洋一)

“梶山季之がどうしても書きたかったこと” への2件の返信

  1. 「どうしても書きたいこと」が明確になっている作家というのはすごい人ですね。故人が何を書きたかったかを、自分に引き寄せることなく探るのは至難の技でしょうが、そこに想像力を働かせようとする思いに大いに共感します。どんな形であれ誰かについて書くということは、その人物が本当に言いたかったこと、書きたかったこと、あるいは表現したかったことを解釈し、想像力を駆使しながら当人が表現したかったことを代わって表現することに他ならないわけですし、同時にそれは自己を語り自己を表現することになるわけです。

    いいね

  2. 最初から書きたいことが明確だつたかどうかは定かではありませんが、中学生だつた娘さんが「エロ作家の子ども」と言っていじめられると「ごめんね」と謝っていたといいます。その頃から自分が本当に書きたいものは違うんだ、という思いが大きくなっていったのかもしれません。

    いいね: 1人

aobasumito にコメントする コメントをキャンセル

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中