ソウルに建つ銅像の共通点

韓国の人たちはよほど銅像が好きなのだろうか。市の中心部に建つ李舜臣像はソウルを訪れた人の誰もが目にしていることだろう。豊臣秀吉による文禄・慶長の役の海戦で名を馳せた武将として有名である。像が日本の方角に向いている。それではその他の像を見てみよう。

·  安重根(アンジュングン)像:1910年、満州のハルピンで伊藤博文(いとうひろぶみ)をピストルで暗殺、ソウル市内の南山の記念館前に建っている。

·  姜宇奎(カンウギュ)像:1919年、齋藤實(さいとうまこと))第三代朝鮮総督への爆弾投擲、ソウル駅前に建つ。

·  尹奉吉(ユンボンギル)像:1932年、中国上海における天長節式典会場にての爆弾テロ事件の首謀者。日本の要人数名に重傷を負せる。

·  李奉昌(イボンチャン)像:1932年、東京・桜田門外にて昭和天皇への手榴弾投擲

この四人に共通するのはいずれも反日独立運動の愛国者あるいは英雄ということである。しかし独立運動家にとっては国と国との戦いの戦士であるが、日本にとっては特定の要人を狙う犯罪者でしかないテロリストである。このおおきな認識の違いを見ただけでも、日韓間に共通の歴史観を見い出すにはあまりにも隔たりがありすぎるというのが実感である。この厚くて高い障壁を乗り越えるパワーは何なのかを考えると、それは政治でもマスコミ、ジャーナリスト、学者でもない地道で広いうねりの市民、国民の交流にしかないのではないかと思うのですがいかがでしょうか。(洋一)

3件のコメント 追加

  1. shaw より:

    韓国側からみて、齋藤實海軍大将は第三代朝鮮総督だった。また、伊藤博文は初代韓国統監だった。強いて云うならば、日本側からみたマッカーサー元帥のような人物だったのではないか。そういう人物に対する彼我の抵抗ないし反撃の仕方の違いをどう捉えるかの問題であると思う。それはどこかで歴史観に通じるはずだが、それぞれの国地域と時代によってどこがどう違うのか、同じなのか、そういうことを可能な限り事実関係に即して考究する態度が双方に必要だと思う。ちなみに、朝鮮戦争で仁川上陸作戦を指揮したとされるマッカーサー将軍の銅像が仁川に建っていたと思う。その銅像がどちらを向いていたか定かではない。

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  2. チャコ より:

    一方から見れば英雄、また一方から見ればテロリスト。被害者側の子孫としては銅像を直視することは出来ません。何世代も過ぎればただの銅像で、道行く人に尋ねても名前も知らない過去の遺物になるんでしょうね。

    いいね: 1人

    1. aobasumito より:

      メール拝受、ありがとうございます。
      ソウルの銅像のほぼ全てが反日という言葉に集約された銅像ばかりです。ブログに書いた以外では三一運動に関わった韓国のジャンヌダルクといっている柳寛順、金マリアがいます。こごまで徹底しているとなにをかいわんやです。ところでどなたの子孫の方でいらっしゃいますか?

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