原理主義 タリバンと李氏朝鮮

今夏のアメリカ軍のアフガン撤退によるイスラム原理主義タリバン勢力の覇権掌握のニュースにある思い130年から150年ほど前の李氏朝鮮時代末期が重なって見えた。イスラム教やタリバンという組織についてさほどの知識があるわけではない。新聞の解説程度のことだが、それでもイスラム教と儒教の原理主義という点の共通項に興味をそそられている。原理主義が持っている共通項に挙げられるものには、国民(市民)主権体制ではないという点にあると思う。国民のために国家があるのではなく、国家のために国民があるということではないだろうか。

原理主義とは宗教上のことであろうが、宗教が政治に入り込み、その結果政治体制としては一党独裁あるいは専制政治にならざるを得ないというのが宗教原理主義の特質のような気がしてならない。太平洋戦争中の日本の神格化された天皇中心の国家主義、共産党一党支配の、特に文化大革命中の中国しかり、現在の北朝鮮の金一族による支配体制しかり、これらすべては原理主義国家が行き着く地点と言えないだろうか。原理主義国家はまた強烈な民族主義の国でもある。18世紀後半の李氏朝鮮は儒教(朱子学)原理主義に裏打ちされた我こそは世界の中心であるとする中国中華思想の正統な世界観を受け継ぐ(小中華)国であると信じて疑わない体制に縛られていた。帝国主義の西欧列強が押し寄せる時代の近代化に目を背け、儒教原理主義の正義を守り邪悪な西洋の影響を排斥する衛正斥邪を押し通した朝鮮。今風にいえば多様性のある社会を認めず白か黒かのどちらかにしなければ許されない国のあり方が、儒教原理主義国家李氏朝鮮であった。中間のグレーを認めないというのが穏健ではなく過激たる由縁でもある。儒教の倫理に忠実であるあまり、厳格な祭祀、硬直な社会規範を最重要視し、一個人の行動さえも縛りがあった。一例でいえば上流階級女性の外出はタブーに近く外出するとなればチャンオッという長衣を纏い身を隠すような服装で出かけなければならないとか、女性に学問は不要という考えも一般的なことであった。イスラム原理主義のタリバンはどうか。儒教原理主義と同じではないだろうか。イスラム教の教えや戒律に忠実であれという考えに縛られる国民、女性の外出時に身に纏う目以外の顔を覆うヒカブ、女性の就学や就職への規制など社会規範の厳しさは原理主義的社会に共通する硬直さに違和感を覚えるのは原理主義を知らない社会に住む筆者の一元的な物の見方によるもののせいであろうか。良いか悪いかではないことだけは確かである。筆者には受け入れ難い社会ではあるが。

朱子学の原理主義の虜となっていた李氏朝鮮は、今日でいえばアフガニスタンのタリバンのイスラム原理主義と少しも変わらない。これは崔基鎬著「日韓併合の真実」で書かれている的確な指摘であると思う。

儒教原理主義の李氏朝鮮の旧態依然とした政治を近代化しようとした開化派とよばれた政治家に金玉均がいる。日清戦争の遠因にもなったクーデターを企てた人物である。愚作の小説「一身にして二生を経るがごとし」に目を通していただければと思います。(洋一)

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